第21話 神門巫
三門優也は、暗闇に支配された
部屋の中で僅かに身じろいだ。
それは自身の震えであったのかも
知れないが、
その自覚は全くなかった。
眼は一向に暗闇に慣れず、何度か
瞬いても闇が薄まる気配もない。
お ま え
そう呼ぶ者への絶対的な恐怖。
単なる 恐れ ではい。それは
葛藤を綾なして雁字搦めにされた
決して抜け出せない 恐怖。
歯を食いしばって耐え、抗い
打ち負かしたと、自分自身に信じ
込ませて来たのだが。
三門優也は全身から冷や汗が吹き
出すと同時に、身体が痺れて行く
ような感覚に襲われた。
沈香の嫌に甘ったるい匂いが更に
彼を不快にして行く。
「おまえ。何に故に斑鳩の、それも
物集の長と相見えたのか?」
声は静かな怒気を含んで、漆黒の
闇のなか彼の身体に纏わりつく。
「いや!俺はまさかアイツ、いや
あの方が!自ら富山くんだりまで
出張るとは思わなかったんだよ!
クソがァ!」
絶叫にも近い声を上げるが、
それは何処か遠くから響いてくる。
「俺は!あの方に会いに行った
訳じゃない!俺は…俺はただ!」
「…愚かなり。如何に己が愚かで
ある事か、さすがに此度は重々に
思い知る必要があろうよ。」
やめろ、もう、やめてくれ!
だがそれは声にならない。
絶望にも似た真の暗闇の中では
聴覚だけが無駄に研ぎ澄まされる。
身体を動かそうにも感覚がない。
まるで水中に留まっている様な
圧迫と浮遊。このまま吐くか気を
失うかしたら、幾らかはマシに
なるのだろうか。
酷く、気分が悪い。
國護の◾️◾️については、以前から
ずつと興味を持っていた。いずれ
親族の誰かが納め奉る必要があるが
簶守には適齢の男子がいない。
と、なれば。傍系から誰かが早晩
選ばれるのは必然なのだ。
嫌というほど聞かされてきた
國護脩子の 短い人生 は余りに
壮絶を極めたが、その唯一の忘れ
形見である 國護顕子 には、
否が応でも興味を唆られた。
三門の家は、元々が『國護』から
派生した遠い分家筋にあたる。
本来の『神門阜』の御役目もまた
『封』の管理運営に他ならないが、
格式は簶守以下だ。
『物集』や『晩祷』といった
斑鳩三塔の一つである事を除けば、
あまりこれといった特徴がある
家柄とは言い難い。
いや、下手に國護寄りの御役目
故に、三塔の中でも存在感がいま
一つ弱いのだ。
だが、彼女の婿候補の一人として
俄に周囲の目が自分へと向けられる
事で、興味に更に拍車が掛かった。
だが、
好奇心は命取りになる。
物集の長はそう言ったが、それも
強ち警告だけで済まされなかった。
「まさなり。」闇の中で静かに
真名が呟かれる。
いつもは『ユウヤ』で通している。
それが、どれ程の重さを持つ事か
気づいた時にはもう左手を激しい
痛みが襲っていた。
「…ッ……うぅあ、がアァッ…」
急に、身体の感覚が戻って来た。
と同時に、今までに経験した事も
ない激しい痛みが左手を覆う。
「おまえが貰ってきた『指切』を
反故にした。これでもう追う事は
叶わぬだろうよ。」
「……ッあァ…クソがァア!」
三門優也は激しい痛みに震えながら
思わず左の二の腕を掴む。
切断されたか捥ぎ潰されたか、
いずれ痛み以外の感覚が無いこと
から、無事ではあるまい。
「まさなり。おまえは何故に
泣いておる?」
いつもそうだ。
一向に収まらない地獄の中で
彼は嘔吐した。
「…ッはぁ、はあ…アあぁッ…」
自分の 左手 に触れるのが怖い。
いまだ視界は絶望的な闇の中を
彷徨い、そして苦痛に呻きながら
彼は意識を失っていった。
「…まさなり。おまえを神門から
出す事は決して能わぬ。ましてや
あの國護になど呉れてやるものか。
そもそも物集が咒を仕掛けるなど
あってはならぬこと。
巷の『封』がおかしくなったのも
偏に、篤胤の統轄管理の不行き届き
故ではないか。あゝ忌々しい!」
声は暗闇の中で語気を強めると
そのまま、闇へと
溶けて行った。
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