第12話 國護


その日は朝から雨が降っていた。

一日中、雨になるとの予報には

憂鬱なようでいて、何故だか

ホッとするような。そんな妙な

感覚を持て余す事となった。



筑波の一件は、近くに『封』が

施されており、矢張りそれは緩んで

いたという。

 國護による最後の補完はつい

三年前。つまり通常ではこれほど

早く緩む事など、ありえないのだ。


國護は、いや父は。現在、非常に

大きな困難の前に立たされて

いるのかも知れない。しかし自分に

出来る事は  何もない。


そんな事をぼんやり考えていたら

突然、携帯が鳴った。


 『鬼塚ひづる』


慌てて通話を押す。


「ごめんね、起きてた?」

昔からの友達の様に彼女は言う。

「うん、起きてた。」

何と続けたら良いのか分からずに、

彼女の次の言葉を待つ。

「ちょっと会えないかな?」

「いいけど、何処で?」

「じゃ、吉祥寺どう?駅からすぐの

トコに、超お洒落なカフェが

出来たんだ。」



例の一件以来、彼女とは公私共に

一緒に行動することが増えた。

非番がよく被るのも、彼女を

知る助けになったのだろう。


通常では考えられない案件、つまり

オカルトめいた匂いのする事件や

事故を調査するのが主な任務だが、

大抵その影には『封』の存在が見え

隠れしている。


 鬼塚ひづるは、自分には

異形の者が見えるのだと言った。


幼い頃からずっとそれに怯え耐え

長じて警察官を志した。それは、

彼女の目に映った『異形』と、

後に起きる『凶事』との関連性を

見出したから、というのもあるが

それ以上に自分自身の 心 を

強く保ちたかったからだ、と。

ひづるはそう言った。


それは如何にも彼女らしいと

       思ったのだ。




鬼塚ひづるの自宅は存外、自分の

家から近い所にあった。それは

待ち合わせの場所を決めた時に

初めて知った。


店に着いた時、意外にも彼女は

もう既に店内に居た。

白のダウンジャケットを椅子の

傍らに、ショッキングピンクの

ニットにはラメが輝いている。

「ごめんなさい、待ったよね?」

「早めに来て待つのがアタシの

癖だから。ここ、パンケーキが

美味いらしいんだよね。」

 言いながら彼女は待っていたと

言わんばかりにメニューを手に

取った。 


外は相変わらず雨が降っている。

冬に降る雨は雪を予感させるが、

東京で雨が雪に変わる事は

滅多にない。



「ね、国ちゃん。」と、声を

掛けられて視線を彼女の顔に戻す。

「こないだの話さ。あの後、

専門職の人達が近くの『封』を

締め直したらしいよ。

イケメン室長は土木工事みたいに

言ってたけど、要はもう一度

封印し直すって事だよね?

超大変そう。」

切っ掛けを探しているのだろう。

それでも土足で踏み入る事は

決してしない。見た目よりずっと

繊細な人だ。


「旧字の『國』と保護の『護』と

書いて『くにもり』。

 古くから呪術を以てこの国を

守る血縁集団。私の苗字と同じ。

というか、苗字が後付けされた

みたいだけどね。」

「うん。そうかなとは思ってた。」

「祀る事や、調伏すら叶わない

荒神を様々な呪法で閉じ込めて

いるのが『封』。でも、その力が

時に外に漏れ出していろんな所に

影響を及ぼしてしまう。

 だから『國護』に生まれた者は

日本各地にある『封』を先祖代々

管理運営して行く必要があるの。」

「へぇ…そうなんだ。」

「その為には、神や怪異が見える

『目』が、必要になるんだけど。」


 そこまで話して一つ、

       ため息をつく。


「国ちゃんには視えないって事か。

まぁ、身の回りの基準から外れると

途端に生き辛くなるよ。わかるわ。」


ひづるは異形のモノを見る自分が

異常で、周りが正常だと思って

生きてきたけれど、私の周りでは

逆だった。

 そして、國護では今でもそれが

基準なのだ。


「でも、それってさ。実はかなり

貴重なんだ、って最近そう思うよ。

何らかの役に立つ事もあるんだし。

それはそれで、かなり強い。」



 鬼塚ひづるはそう言うと、切り分けた

パンケーキの一片を口に運んだ。





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