第13話 物集
國護篤胤は、自分でも気づかぬ
うちに心の奥底に仕舞い込んでいた
焦燥 に囚われていたのだろう。
一瞬、気づくのが遅れた。
つい先日、國護の頭領たる自ら
出張った信州最大の『封』には、
四半時分の逆解離が見られた。
配下の者たちと元の通りに封じ
上げたが、場所が場所だけに
心底肝を冷やした。
八百万のうち公に崇め奉られて
いる神は、ほんの一握りだ。
奉祀するか調伏するかの枠に
納まらず、如何ともし難い
『荒御霊』を、敢えて国土の
要所々に封じ込め、その強大な力を
国の弥栄安寧のため利用して
いるのが『封』である。
長い國護の歴史に於いては、
天変地異や戦乱よって『封』が
脅かされた事こそあれ。
ここ最近、とみに見受けられる
異常事態には、拭いきれない
不安があった。
それだけではない。
現在、國護宗家を支える簶守、
即ち分家にあたる六つの家には
適齢の男子がいない。
傍系には三名ほど、候補になり
得る者もいるにはいるが、もう既に
別の姓を得てそれぞれ違う御役目を
担っている。
このまま行けば前例に従い、
いずれ簶守の男子が宗家に入るが、
最も年長の孝成ですらまだ十三。
ましてや後嗣に叶うかどうかは
又、別の話だ。
そもそも あれ を制御するなど
到底、出来るとは思えない。
國護篤胤は氷の張った池の、その
下へと意識を向ける。死んだ様に
動かない鯉の余りにも緩慢な鼓動。
いつの間にか背後に立っていた男は
傍に並ぶと、漸く口を開いた。
「戸隠まで、頭領自らが御足労
されたとか。」
「君も誘えば良かったな。」
「滅相もない。」
「…それよりも。娘を君にやった
覚えはないぞ。一体、何を企んで
いる?」
ふ、と、男が笑った。
「まるで、拐かしたみたいに
言わないで下さい。私も御上からの
特務拝命を受けた身なんです。」
「君が態々こんな所に顔を出すのは
一体どういう風の吹き回しだ?」
嫌な予感と安堵。この矛盾した
心持ちの出所には敢えて目を瞑る。
「…國護は。古より国の弥栄と
安寧の為、『封』を管理運営して
来た。出雲の『極秘文書』は君も
見た事があるだろう。
だが、時代の流れに於いて神たる
存在は急激に数を増やしている。
教会などで概念的に祀られている
既存の宗教と共に入ってきたものは
まだいいが。
創り神をして宗教を興すもの、
またいち個人の妄執によって存在を
与えられたもの…。」
「大方が良からぬモノですよ。
『封』の力を利用して周囲の環境に
まで悪影響を及ぼしている。更に
悪い事には。『封』自体が何者かに
よって脅かされている。」
男は、そう断言した。
そして続ける。
「…でもまぁ、その為に我々が
招集された訳ですからね。」
「問題は山積みだな。」
実際、『斑鳩三塔の長』である
彼が招聘されるなど、長い歴史の
中でもそうある事ではない。勿論、
自らも既に腹を括っている。
括ってはいるのだが。
「いずれ『封』は破られましょう。
その際、私に手段を選ぶ権利猶予は
与えられておりません。」
言われるまでもない事だ。それを
この男は態々、律儀にも。
既に『國護』の頭領としての腹は
括っている。いや、三十年前の
あの日、全ての私情は捨てたのだ。
「承知している。我々『國護』は
元来、その日の為に存在している。
くれぐれも間違いのない様どうか、
どうか良しなに、頼むぞ。」
國護篤胤はそう言うと、踵を返して
屋敷の方へと歩き出した。
「…お言葉、重々肝に銘じて、
たとえ私の命に換えても。確と
お預かり奉ります。」
御厨忠興は、そう言うと
深く頭を下げた。
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