第11話 全目


 高層階にある室長執務室の

窓からは、建ち並ぶ高層ビル群が

遥か遠くまで望めた。

 そして、穢土の地を 江戸 へと

変えた象徴が。


いずれ、桜の季節にもなれば随分

華やぐのだろうが、今の季節の方が

自分にとっては殊更に感慨深い。

 これ程までの日本の繁栄を、古の

人々は予想しただろうか。



「ここからの眺めは、実は私も

とても気に入っています。

 この度は、御苦労様でした。」



ずっと自分が待たされていると、

そう思っていたが。


いつの間にかソファに腰掛けて

わざと踏ん反り返ってみせる男は

如何にも紳士然とした見た目からは

俄に想像し難い事を時々する。

「そういう変な茶目っ気を出すの、

もういい加減、やめにした方が

いいですよ?一体、幾つなんですか

アンタは。」軽く呆れて太田が

座るや、御厨は口元を更に緩めた。


「期待していた以上の結果です。」


確かに。あの『歩き巫女』の

末裔が上手い具合に 呼水 に

なってくれた。

 元々『封』ある土地を渡り歩く

彼等には、良きにつけ悪しきにつけ

神々の加護が備わっている。

 『鬼』の血をひく隠讔司の娘は

その神気によって怪異の全貌を

ハッキリと捉える迄に開眼した。


 だが、一番驚いたのは。


そもそもが、鬼門。加えて現場は

相当な怨みの念が二重三重にも

絡みついていた。

 それに加えて『封』だ。

確かに荒御魂の気配を感じた。


だが、もし仮に『封』からの影響を

全く受けなかったとて、あそこに

留まっていた者たちは、もう既に

かなり厄介なモノになっていた。


        それを


「…あれは一体、何者なんです?

あの娘。國護の本家筋だと聞いては

いましたが。」

「彼女は◾️◾️ですよ。」「え。」

「閾下でしか認識できない呼称。

咒の類です。」

 さも事も無げに御厨は言うが。


その瞬間、背筋に冷たいものが

 つ、と走った。


何か、途轍もなく恐しいもの。

いや、禍々しいもの。その深淵を

覗き込んで、うっかり

 目が合って しまったような。




御厨の配下に付いて十余年は経つ。


特殊な仕事ばかりを請負う上では

それ相応に様々な困難もあったが、

その分、この男を充分に支えて

きたという自負もある。

 だが元来、謎の多い男なのだ。


必要以上に踏み込む事には自分の

中の警鐘が鳴る。信頼には値するが

       底が知れない。




太田は、気を取り直す。

そして続ける。


「…彼女が、國護から出ざるを

得なかったというのは、視えない

からではなくて、視認する前 に

問答無用で消し去ってしまう、

その『異能』によると。そういう

事なんですかね?」

「……厳密に言うと、少し違う。

いや、そもそもが、全く違う。」

 

敢えてそれを聞かせるつもりが

ないのはわかっている。

 それ以上に、こちらも深く

聞くつもりはない。



この部屋は、時間の流れが少し

他とは違うのかも知れない。

酷く緩慢な様でいて、いつの間にか

過ぎ去っている。

 そんな錯覚を起こさせる。



「…それはそうと。」彼がそれに

区切りを付けた。


「國護の周辺には、注意して目を

光らせておいて下さい。本家を

補佐する籙守は勿論、傍系も。

それらに連なる庶流も念の為に。

 基本的には当主の篤胤さん以下

一丸となって、きちんと務めては

くれていますが、何せ『封』の

事もある。」


    それに。


御厨にしては珍しく逡巡して

いる。何か言葉を探しているが

見つからない。

 そんな風に見えた。


一を聴いて千を知る。

聴く事無しでも百を知る。


この男の物凄さは、その規模に

あるのだ。逆に言えば、彼にも

知れない事が、余人に知れるとは

到底、思えない。



「何か、気になる事でも?」

「…いえ。単なる気の迷いです。

何の根源もない。どうか、

忘れて下さい。」


そう言った御厨忠興の表情は、

何故だか


 少し悲しげに見えた。






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