第7話 辻占
到着したのは、コンクリートが
打ちっ放しの、酷く殺風景なビルの
エントランスの前だった。
大学の施設なのか、それとも
ベンチャー企業所有のビルなのか。
一見してはわからない。
そもそも街全体が、そんな感じに
構成されているのだ。
国の政策で創られたこの街は
近隣の地方都市の中では一際、
異彩を放っていた。
太田の先導で、建物の中へと入る。
この、太田という男。
室長の御厨とは知己だというが、
柔和で紳士的な御厨とは対照的に
鋭い刃物をイメージさせた。
年齢不詳、更に片目を黒い眼帯で
覆っている。
「どうも、お待ちしていました。
ご苦労様です。」
フロアに入るや、ラフな格好の
若い男が出迎えた。受付はあるが、
ガランとした建物内には人の気配が
感じられない。
「はじめまして。ここの責任者の
望月透です。実はまだ大学院の
修士課程なんですが、研究を続け
ながら起業したので一応、
CEOでもあります。」
パーカーにジーンズといった
出立ちは実際まだ学生を思わせる。
わざわざ皆に一枚ずつ名刺を渡して
来たが、そんな彼の様子に何となく
居心地の悪さを感じてしまう。
本来、こんな所に呑気に出向いて
いる場合ではないのだが、正直、
『渡りに船』だった。
小学生から受験して難関私立に
合格し、そこでも更に勉学に励み
成績上位の生徒であり続けた。
希望の国立大学に入るや自分が最も
得意にしてきた分野に学び。
そこから先が、進まなかった。
実験と検証を繰り返して、
論文を書いて。
とにかく論文を書かなければ
今までの努力が報われない。いや、
生活すらも立ち行かない。
そんな思いが、いつの間にか自分を
覆い尽くしていた。
助教として研究室に居られるのも
多分、恩師の退官までだろう。
「大体の事は、把握しています。」
方や、太田は件の『手帳』を一瞬
開いて見せただけだった。
「このビルに会社を設立して以来、
自殺者が3名。そして今も2名ほど
入院加療されているとか。
一般的には仕事上のストレスが
祟ったものとも取れるが、貴方は
決してそうではないと、強固に主張
されている。
その根拠をもう一度、我々の
前でもお聞かせ願えませんかね?」
この男。笑み を作っているの
だろうが、明らかに裏目に出て
いる。
同業者的な雰囲気を醸している
鬼塚ですら、呆れた視線をこっちに
流して来た。
「いえ…こんな事を言うのは
馬鹿げていると、自分でもそうは
思うんですが。」 一瞬の逡巡。
だが、すぐに意を決したように
学生CEOは語り始めた。
「そもそも、会社兼研究所を立ち
上げたのは今から2年前。当時
所属していた研究室の准教授からの
提案がきっかけでした。
主には、バイオテクノロジーの
臨床応用研究をしているんですが、
偶然にも幾つか特許が取れた。
それで、僕の指導教官だった
山縣先生と一緒に、この会社を
設立する運びとなった訳です。」
「でも、このビルには 曰く が
あった。とか、そういう話?」
今まで黙っていた鬼塚が口を
はさんだが。
「いえ、曰くを作ったのは
……僕らなんです。」
望月はそう言うと、自動ドアの
先の 暗がり に目を遣った。
しん、と静まり返った廊下の
先には、薄くぼんやりとした光が。
まるで列を作るように並んで
いるのが見えた。
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