第5話 鵺
本庁の某一室。
所轄の人間は滅多に足を踏み入れる
機会もない。同じ組織の気安さの
ようなものは皆無だったが、
国民の安全保守の大義名分により
存在するのは間違いない。
今回、新たに組織されたこの部署も
当然ながら、同じく正義によって
運用される。
それも又間違いない筈だ。
初回面談の直後から次々と
メンバーが出勤して来て、どうやら
自分が最終着任と知れたが、同時に
分かってきたのは、この組織の
『異様』だった。
組織は室長の御厨忠興という男を
頂点とした、所謂、公安部の
『極秘分室』という扱いになる。
極秘だけに。公の警察組織図には
載って来ない。かと言って、
捜査対象には普通に『警察』として
接触するし、ましてや家族や
友人との繋がりを一切断たなければ
ならない、などという特殊な条件も
ない。
寧ろ、他省庁や民間団体とも適切に
連携しつつ『善良な国民を脅やかす
特殊な事案を調査し解決に導く為の
組織』と定義される。
表向きには、だ。
同じ警察に属していたとはいえ
今まで全く掠りもしない部署の、
更に極秘の部類に相当するような
存在事由は、正直なところ
何ともわかり辛いのだ。
一方で、少しずつ見えてきた
ものもある。
分室では通常案件とはかなり
毛色の違うものを扱うという。
所謂、オカルト案件というものだ。
それは普通の人には見えない
ものを見る、自分のような人材を
秘密裏に招集している事からも
何気に想像できる。
ならばメンバーは皆、何らかの
尋常ではない『能力』を持つという
事なのか。
それにしても何故 今。
こんなに『歪な組織』がここに
結成されたのか。
「鬼塚さん。早速で大変申し訳
ないのですが。」
形式的なミーティングの後で、
室長の御厨から突然、声を
かけられた。
品格を漂わせたシュッとした男。
つい目が行ってしまう左手に
指輪はない。そう若くはないが
歳でもなく、美形の部類に入るが
何処となく得体の知れない
剣呑さを兼ね備えている。
「近く、現地での調査に行って
頂きたいのです。場所は茨城県の
つくば市。勿論、事前研修の
スケジュールが一通り終了して
からですが。」
「研修はして頂けるんですね。
良かったです。」
「勿論です。それに、これは
あくまで『調査』の依頼です。
『対処』ではなく。」
嫌味が通じているのか、それとも。
「同行者は、辻浦君で。二人とも
お互いを理解するのは早いかと
思います。」
辻浦武史。自己紹介によると
大学院に籍を置いている、
所謂ポスドクの類だ。色白の優男。
今まであまり自己主張して
来なかったタイプだろう。
御厨の最後の一言はいまいち
納得出来なかったが、別に拒否する
理由もない。
「鬼塚ひづるです。宜しく。」
「ご丁寧にどうも。辻浦です。」
「あともう一人。」互いの挨拶を
待って、更に御厨が続ける。
「国森さん、貴女もバックアップ
要員として同行して下さい。
但し、現場内には極力足を踏み
入れぬよう。貴女にやって頂くのは
万が一の対処です。」
国森顕子。国会図書館の司書。
ザックリ同い年か、その辺りだろう。
美人には違いないが、自己紹介時の
必要最低限な開示が、無闇矢鱈と
他人に踏み込ませない壁を
築いている。
「承知致しました。」
え。いや、そこは。
どうしてですか?とか。一応、
喰い下がる場面なのでは?
納得出来ず隣に目をやると、早速
辻浦が視線で制して来る。
まぁ確かに。得体の知れない怪異が
頻発するような場所には違いない。
チーム全員が敢なく共倒れにならぬ
為の配慮なのだろうか。
いや、ちょっと待て。それって。
「国森顕子です。何卒宜しく
お願いします。」
「…こちらこそ、鬼塚ひづるです。
何卒宜しくお願い申します。」
綺麗な人だ。間近で見ると、
更にそう思う。
この人は一体、何を背負って
いるのだろう。
茫としてサッパリ全貌が見えて
来ない。だが、否が応でも追々
知れる事だろう。
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