第4話 鬼束

 いつも通りの喧騒の中で、

それはまるで陽炎の様に見えた。

睨んでいるのか、それとも嗤って

 いるのか。

こちらを見据えて立っている。

 辛うじて、それだけはわかる。



「嫌な予感がする。」


 口に出して、失敗したかと猛省は

するものの、返される言葉と

いつもの流れは日常にあって、

実は、ない。とても貴重なものだ。


「先輩!そういうの、本当マジで

やめて下さいよぉ!」


 案の定、隣を歩く男はいかにも

嫌そうな顔で抗議の声を上げるが、

それは本来まったくのお門違いだ。

 

 べつに、見たくて見えてる

         訳じゃない。


「…あそこ、何気に警戒した方が

いいかも。事故なのか事件なのか。

まぁ間違いなく何か良くない事が

起きるよ。」

「その辺の精度って、もうちょい

上がりませんかね? 例えば、

いつ起きる、とか。規模感的に

どの程度ヤバい、とか。」

「いンや、ただ見えてるだけ。」


 世の理は、遍く天秤に

       乗っかっている。

 

何かを得た分、同じぐらいの何かを

 奪われる。


「そもそもさ、ヘンなものが

見えたから警戒しろ、って

言われてもさ。ソレ報告された方は

一体どうすりゃいいのよ?」

「…ですよねぇ。」

ツイストパーマの茶色い毛先が

軽く掛かる視線を、困ったように

投げかけてくるこの男と組むのは

序列的な必然だったが、

実はこっそり感謝もしていた。 



 生まれてこの方ずっと。人には

見えない異様なモノが見えた。

それも災いの先槍としか思えない、

 禍々しいモノが。


『怪ヲ見ル者、怪ニ至ル』


それにも関わらず。

今日まで何かに取り憑かれたり

呪われたり、具体的な被害を

被った事は

 不思議と一度もない。

 

    でも、凶事は起きる。

 

 警告した所で『変人扱い』が

関の山。あまりに主張し過ぎると

今度は要らぬ嫌疑の目に晒される。

そして、その目は畏怖へと姿を

変えて行く。

 そういう意味では余程

        人の方が怖い。

 

   それでも


「まぁ何だかんだの理由を付けて

重点警戒の申請を上げときますよ。

先輩のカン。実は結構、頼りに

してるんですよね。」

 律儀にも、今どき手帳にペンを

走らせながら彼は言う。

         でも

 こんなやり取りも、あと僅かだ。


「いやいや。頼りにすンなよ?

大事なのはまず、目の前にある

モノを。それこそ誰の目にも

見えてるのに、誰も見ようとしない

寧ろそういうモノをきちんと見て。

そして正義をもって判断して。

迅速かつ適切に対処する。

 生活安全を標榜する我々組織に

於いては、オマエの方が遥かに

頼りになる。」


「…どうしたんですか?」

小さな不安が。小春日和の

柔らかな風に揺れている。


「後輩を褒めてみたんだけど。

何か、不満でも?」

「いや…そういうの後が怖いんで

大丈夫です。」

「こういう褒めは、もう二度と

ないからね?有難うだろソコ。」

「何言ってるんですか。なんか

ちょっと、気持ち悪いっていうか。

え、俺?何かこれから悪い事とか

あるのーっ⁈」


 悲痛な訴えに、口元で笑みだけ

 返してやった。



 これからは一人で歩くのだ。


自信と矜持を持たせてくれた

その分、返せていたなら僥倖だ。



 


 

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