第21話 なのだー

 エレベーターが開くと一面の氷の世界である。気温はマイナス12度で快晴。

 今度はメイアも大丈夫さ。個人用エアコンがあるからね。何だか古のコマーシャルっぽいなと自分の言葉を振り返っていたら、メイアが氷の世界に踏み出して行った。

 氷の世界は特に危険はない。少なくとも拠点付近には。万が一、敵性生物を発見したら即捕獲できる体制は整っているから安心安全である。

 抹殺ではなく捕獲なのが余裕のある証拠と思ってもらえれば。


「凄いですます! 寒くもなく暑くもなく。タツヒコさんのお家の中と変わらないです!」


 身体の周囲に膜を張り、その内側だけ一定の気温に保つのが個人用エアコンの機能だ。膜は目に見えず触れても風を感じることもない。

 風が吹いても冷たく感じないことに目を輝かせていたメイアであったが、興味が別のことに移る。


「氷の世界を直接この目で見ることができるなんて」


 先ほど拠点に入った時は寒くて氷の大地を踏みしめ、景色を眺めながら歩くことなんてできなかったものな。

 生身で氷の世界を楽しむなんてことはできないし、彼女にとって初めての氷の世界だから興味が移ることも理解できた。

 次から次へと「新しい体験」を提供し続けている形になっているが、彼女の興味は尽きることが無い。素晴らしいバイタリティだと思う。

 俺ならこうも次から次にこられると辟易してしまう。途中から驚くことを辞め「無」になっているに違いない。

 

「全然寒くないですます! カムラットの一番寒い時より寒いところなのに。地面もどこもかしこも氷!」

「気を付けて歩かないと転ぶぞ」

「ひゃ。あう」

「言わんこっちゃない」


 ペタンとお尻を地面につけたメイアがてへへと頭をかく。しかし、彼女の手がとまりブルリと肩を震わせた。

 寒さからじゃないよな? まさか個人用エアコンが故障したとか?


「な、何かいます……」

「ん?」


 俺の通常視力では見えない。彼女は相当目が良いのだな。

 だけど、俺には通常視力以外にもナノマシンの力で「見る」ことができるのだ。

 望遠鏡のように拡大画像を出してもいいし、赤外線センサーで感知しても良い。

 試しに拡大率三倍にしたらすぐに何がいるのか分かった。


「あれは俺の友人だ」

「そうなのですか……ひゃああ」


 氷が盛り上がり、すぐ目の前にメイアの見たモノと同じモノがむくむくと姿を現す。

 そいつは雪だるまそのもので、ぴょこんと俺の前で跳ねた。彼女が見た姿はスノーマンだったのだ。


「ムラクモー。今晩祭りなのだー」

「おお、そうだったのか。是非参加させて欲しい。どこにいけばいいのかな?」

「あっちなのだー」

「あの崖の向こうかな?」

「なのだー」

「分かったー」


 このゆるキャラっぷりが癒しだなあ。ちゃんと約束通り祭りに誘ってくれるとはスパランツァーニと一緒に参加しよう。

 どのような祭りなのか分からないからこちらから持っていくモノの見当がつかない。

 こういう時食べ物を持っていくことが多いのだけど、スノーマンが何を食べるのか分からないからなあ。

 難しく考えず聞けばいいか。この場にスノーマンがいるし。

 

「タツヒコさん!」

「キンキンする……」

「す、すいません。つい」

「ど、どうしたの?」


 メイアの叫ぶ声にスノーマンに問いかけようとした自分の声がかき消された。

 彼女は俺とスノーマンを交互に見やり大きく両手を振って「えらいこっちゃ」とアピールしている。

 一体全体、この短い間に何があったんだ?

 

「この雪の塊のような精霊と意思疎通しているんですますか?」

「スノーマンのこと? 精霊だったの?」

「初めて見ますが、恐らく精霊だと思いますです。ってそうではなく!」

「お、抑えて、声量……」

「す、すいません。先ほどからタツヒコさんが」

「スノーマンは言語を持っているから、彼らと意思疎通することができるんだよ」


 言語解析済みだしね。スパランツァーニが。俺は言語解析の結果をナノマシンにインストールしてスノーマンと会話をしている。

 メイアは胸に手をあて「すーはー」と大きく深呼吸をし、納得したように頷く。

 

「異世界の英雄はどのような言葉であっても理解し、喋ることができると文献にありましたです。まさか、ヒューマノイド以外とも意思疎通できるなんて思ってなかったのです」

「当たり前だけど、メイアの喋っている言語と俺とスパランツァーニが普段喋っている言語は異なる」

「そこはそうだろうなと。魔王国と人間の王国、帝国ではそれぞれ言語が異なります。メイアはノームの言語と魔王国の二つを喋ることができますです。あ、王国語も少しだけ」

「スノーマンの住む北極は人にとって未踏の地だし、これまで翻訳をしようとした人もいなかっただけだと思う」

「確かに……考えてみれば王国語と帝国語を翻訳した人がいて、指南書があるわけですます」

「そういうことだよ」

「この音が言語だとは……俄かに信じられません」


 俺にとっては魔王国の言葉もスノーマンのも似たようなものだけどな。

 どちらも全く地球の言語形態と異なるのだから。それでも即解析してしまうスパランツァーニの演算能力は恐るべしである。

 メイアとの話が途切れたところでようやくスノーマンに尋ねることができた。

 

「待たせてごめん。祭りに何か持って行きたいのだけど、どのようなものがいいかな?」

「何もいらないのだー。スノーマンたちと祈るのだー」

「分かったのだー」

「待ってるのだー」


 ズブズブと氷の中に沈み込みスノーマンが姿を消す。彼らは俺に祭りのことを告げるためにわざわざここまで来てくれたんだな。

 一体どんな祭りなのだろうか? 今からワクワクしてきたぞ。


「どんなことをお話しされたのですか?」

「スノーマンたちが今晩祭りがあるから、一緒にどう? って誘いに来てくれたんだ」

「そ、それは! 興味深いですね!」

「メイアも来たければ一緒に連れて行くよ」

「是非! お願いしますです!」


 そう来ると思ったよ。三人なら特に移動にも支障がないし、彼女がいてくれた方が魔王国ならではの分析も聞くことができる。

 言い換えるとメイアは彼女にとって未知のスノーマンたちを通して自分の見解を語ることで、俺にこの世界の情報を与えてくれるってことになるのだ。

 双方にとってまマイナスはなく、スノーマンたちは三人になっても気にしない。

 彼女が祭りに参加することは誰にとってもデメリットがないことであるのだ。

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