第19話 帰還

 スパランツァーニの「発進」の合図と共にてんとう虫が浮き上がる。

 ホバークラウドと異なり、大木より高く、更に高く。


「ひゃああ!」


 メイアが驚きの声をあげ、しがみついてきた。今日何度も驚愕している彼女だが、今回は少し様相が異なっている。

 興味より恐れが勝ったようでぎゅっと俺の服を握っていた。


「と、飛んでます! てんとう虫が飛んでます」

「本物のてんとう虫も昆虫だけに飛ぶんだよ」

「そ、そうなんですかあ……ではなくう。べ、ベルトは無いんですか?この子」

「あるにはあるけど、殆ど揺れないと思うよ」


 本物が飛んでいるからでは誤魔化せなかった模様。

 彼女とて、さすがに「落ちる!」とは言えなかったようで、「体を固定できないのか?」と聞かれた。落ちたら固定していようがいまいが、常人なら即死するぞ。

 何てことは言わないが吉だろう。俺だってもう二度と墜落は経験したくないよ。危うく脳みそだけになるところだったんだからな。

 彼女と喋っている間にもてんとう虫が速度を上げ、北へと向かう。

 空からならあっという間に地峡を越え、北極に行くことができるのだ。


「飛龍より遥かに速いですます! タツヒコさんの世界はみなさんてんとう虫で移動されてるんですか?」

「いや、人による……かな」

 

 そうそう。英雄様とか英雄殿とか呼ばれるのがくすぐったかったので、彼女には名前で呼んでもらえるようお願いしたんだよね。

 他に人にも頼めそうな人柄なら頼むことにしようと思っている。

 ようやく落ち着いてきたのか彼女はてんとう虫乗船前の好奇心に満ちた彼女に戻ったようだ。

 「人による」とお茶を濁したのはさ。無人の惑星ならともかく、人口の多い惑星では必ず飛行制限があるからなんだよね。酷いところだと、個人による飛行が認められていないところまであるのだ。

 

 てんとう虫がはやくも高度を下げていくものの、揺れはほぼない。

 てんとう虫が丸い形をしているのは姿勢制御を最適化するため……らしい。飛行できる乗り物の中でもてんとう虫はトップクラスに揺れない機体である。

 高度が下がっていくと共に北極の景色がハッキリと見えるようになってきた。


「おお」

「真っ白だけじゃなく、海の色も映り込むこんでいるのでしょうか。綺麗ですます!」


 メイアへのサービスのつもりであったが、彼女だけじゃなく俺も一面の真っ白な氷に感嘆の声をあげる。

 北極から出た初めての時は景色を眺めるより魔王国の制空圏の方が気になっていたからさ。じっくりと眺めていなかったんだよね。


「遥か北の大地は氷で覆われていると聞きました。ここは、北の果てなのですますね!」

「そうだよ。この辺りは北極になる。人が住むには寒すぎる地域だけど、氷の大地を領域にしている国はあるの?」

「無い……と思います。魔王国より北にある国はありません。魔王国の領域は氷の大地へ繋がる地峡より遥か南ですます」


 遥か、の捉え方に違いがあるので注意しなきゃであるが、100キロくらい南と仮に線を引いておくか。


「こんな寒いところにも使い魔がいるのですか?」

「ここに俺たちの家があるんだ。魔王国で農業をするから使い魔とか道具を運びたくて」

「使い魔登録をするためにメイアを連れてきて下さったのですね!」

「そそ」


 メイアに使い魔登録してもらうだけならてんとう虫まででも何とかなった。ただ、機器類は多いので何度も運ぶことになるし、抜けがあればまた川のほとりまで彼女に来てもらわなきゃならない。ならばいっそのこと見せることができるものは全部見せてしまえ、と。

 魔王国の知識人である彼女がどのような反応をするのかも興味がある。

 大量破壊兵器だ! 壊せ! みたいなムードになるとしたら、魔王国へ持ち込む時注意しなきゃなんないし。

 これまでの彼女の反応を見るに恐れる心配は無さそうだが何が彼女の琴線に触れるか分からないからなあ。


 そんなこんなでレディスカイが氷の大地に着陸する。

 空を飛べばすぐだよな、やっぱ。次は直接カムラットまで行くことができるので相当時間短縮できるようになるぞ。

 レディスカイの翅を開け、氷の上に降り立つ。

 氷の上だからだろう地面は真っ平で舗装したかのようだ。近くに氷山もなく視界良好で、何か動くものが近寄ればすぐに発見できる。

 逆に言えばこちらも発見されやすいのだけど、そこは問題ない。

 何故なら、俺たちの拠点は――。

 

「はくしゅん」

「あ、ごめん、寒かったよな」


 ローブの下は短いスカートだし、いくら寒い地域から来たとはいえ短い夏の間だったものな。

 夏でも極寒の極地域仕様の服装なわけはない。


「スパランツァーニ、手持ちでアレある?」

「持ってきておりません。拠点に入るのがよろしいかと」

「メイア、すぐに家の扉を開くからちょっとだけ我慢して」


 持っていたら上着をかけてあげたいのだけど、残念ながら薄着なんだよね。

 『拠点を開閉してくれ』

 脳内のナノマシンに呼び掛けると、音も立てずに地面がせり上がりエレベーターが出てきた。


「なんの箱ですか?」

「この中に入るよ」


 近くに立つと自動で扉が開き、三人とも入ったところでナノマシンに呼び掛け扉を閉める。

 音もなくエレベーターが移動し、停止した。


「ここが俺たちの家だよ」

「ほへえ。迷宮の大広間みたいですます」


 拠点は長方形の地下空間になっている。

 俺たちがいない間にも工作機械が頑張ってくれて氷を切り出し地下室をつくってくれていたのだ。

 装飾は何も無く、天井全体が光りを放ち一定の光度を保ってくれている。

 地下なら邪魔する生物が入ってこないし、温度も一定に保つことができるんだよね。

 地上は真っ平で遮蔽物の無い地形なので、地下から外を監視するにも良い。

 太陽光発電装置は地上に設置し光学迷彩で隠している。拠点のエネルギーは太陽光発電装置のみで余るほど供給できているので問題ない。

 北極なら一日中光が当たるからね。

 逆に冬場は太陽が出てこなくなるので、その時期には拠点を移動することになるかも。

 今のところ余剰電力は溜め込んでいるので、冬場も乗り切れそうではあるが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る