第15話 調査

「畑の分析を始める前に、食事にいたしますか?」

「いや……」

「しかし、前回の食事から適切な時間が経過しておりますし、心臓を串刺しにされたことでいつもよりエネルギーが不足していることでしょう」

「アンプルで補給したし……」

 

 ど、どこから灰色ゼリーを取り出しやがったんだ。うわあ。何をするきさまあ。

 灰色ゼリーに吐き気を催しながらも、なんとか地獄の時を終える。

 もう少しなんとかしてくれないだろうか、この味。


「うえっぷ」

「おかわりですか?」

「み、水が欲しい」

「畏まりました」


 ふう。なんとか落ち着いた。

 城から出て街中に入ると、活気ある大通りに出た。露店も多く、皿などの食器をはじめさまざまな雑貨類が所狭しと並べられている。

 せっかくの街並みが灰色ゼリーのせいでまるで頭に入ってこないじゃないかよ。

 通りを進むと今度は肉の焼ける香ばしい匂いがしてきて、ごくりと唾を飲み込む。ケバブ店のように吊り下げられた肉塊とか、今の俺には辛すぎるぞ。

 いやでもさ、宣言したとは故、誰も見てないじゃないか。そもそも、「カレーが完成するまで食べない宣言」は気持ちの強さを表しただけで本当に他には食べないってわけじゃないよな。


「あの肉、どんな肉なんだろうな。分析のために購入したいのだけど」

「貨幣を持ってません」

「街に入る前に準備したお金があるだろ」

「魔王国の客人になったのでは?」


 無表情のまま口だけが動くものだから、余計に容赦なく聞こえる。

 スパランツァーニは基本表情を変えない。俺以外の人物がいて必要だと彼女が思った時には笑ったりするけど、表面的なものだ。

 つまるところ、彼女が言わんとしてることは俺たちが事前に製造した貨幣は偽物なので使うべきではない、ということである。

 俺たちの作った偽造貨幣は本物と見分けが付かないが、一時的な来訪者ならともかく好意的に迎え入れてくれた彼らに対し、ちゃんとルールを守っておくべしってね。

 魔王国の法は知らないけど、偽造貨幣が許されるとは思えないもの。


「肉を分析すれば、狩の対象の生物がどのようなものか分かるし、俺たちとの違いを推し量れるかなあと」


 もっともらしい言い訳を述べると彼女は真逆のことを返して来た。それも迷うことなく即時に。


「一つ買いましょう」

「いやいや、客人なんだよな、俺たち」


 逆に彼女を留める事態となった。

 そんな一幕がありつつも、農場へ向かう。

 農場は外壁の外側にあって、整備はされていたものの観測機から見た通り作物の実りは芳しくない。まさか収穫期だとは思ってなかったよ。

 農場にいた作業員にジャイルから「成果ゼロの区間を見るように頼まれた」と伝えたところ、快く案内してくれた。

 こいつは確かに成果ゼロだな。

 綺麗に雑草が取り除かれ、茶色い土以外には枯れて茶色くなった芽らしきもののみ。

 種を植えて全滅するなんてことがあり得るのか?誰かが意図的に枯らせているとしか思えない。

 しかし、丁寧に取り除かれた雑草を見るにしっかり手入れした結果だと分かる。う、うーん。魔素とやらが枯らせているのかいな。


「スパランツァーニ、分析してもらえるか?」

「マスター。種も分析した方がよろしいかと」

「一粒借りてくるよ。枯れた芽も頼む」

「畏まりました」

「あ、一応周囲に誰もいないけど、形態は保ってくれよ」

「指先から取り込むようにいたします」

 

 彼女に土壌を調べてもらっている間に水源がどこか見てみるか。

 水路は引かれていなさそう、ん?

 

『終わりました』

「え。もう?」

「呼びかけたのは三度目です」

「ま、マジか」

 

 触れた途端に既に解析が終わっていたくらいのスピードだぞ。


「し、して結果は?」

「土地は枯れています」

「塩害とか火山灰とかその辺か?」

「リンが少ない土地です。ラテライトも多分に含んでいます」


 ラテライトは粘土質の土なのだが、地球だとインドとかインドネシアやブラジルと暖かい地域のイメージがある。

 一般的にラテライトはやせた土と言われ、農業には適さない。


「寒い土地なのにラテライトとは、これまた」

「特に不思議ではありません。地球基準でも地表の3割はラテライトです」

「そ、そうなんだ。紅土とかで日本にもあるものな」

「そうですね。賢明なマスターならもう原因は理解されたのでは」


 にこりともせず当たり前のように言われましても。

 土地は農業に適さないのは分かったが、すぐ近くに針葉樹林があり、雑草も生えている。

 一面の荒地で草木一本無いというのなら、畑の惨状も理解できるのだが……。

 待てよ。ようやく分かったよ。

 育ててる作物が土壌と合っていないんだ。致命的に。

 こう、熱帯雨林の植物を寒冷な乾燥した土地で育てようとしているような、そんな感じだ。


「枯れた作物の性質を教えてもらえるか?」

「まるで土壌に合っていません。気候は観察不足で不明です」

「何か理由があるのかもしれないよな。遠く離れたところから種を持ってきたとか」

「そうですね。主に採集狩猟生活と聞いています。定住していますが、魔王国は遊牧民のような農業をしない形態だったのですよね」

「農業に関しては素人なのだが、作物を自給するために育てようとしているってところかなあ」


 採集と狩猟だけで全ての食糧を賄っているわけではないと思う。

 種を他国から仕入れることができるなら、食糧そのものも仕入れているはず。

 鉱石や宝石が採掘できるのか、採集や狩猟で他国では珍重されるものが入手できるのか、詳細は分からないけど。

 ジャイルに聞けばすぐ分かりそうなので、聞いてみても良いな。

 

「そんじゃ、遠慮なく。何を植えようか。寒いところだったらジャガイモ、ニンジン、タマネギ、米とかならいけるか?」

「米をこの環境でですか。灌漑が必要では?」

「水をどこから引くのかにもよるか。種をこの土地用に遺伝子操作してもらえるかな?」

「畏まりました。拠点に戻り次第やりますね」


 そんなこんなで一旦拠点に戻ることになった。

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