第14話 カレーの野望

 普通に会話できるって素敵。彼から魔術師長の名前まで聞いちゃったぞ。

 あの変人はベルゲンドロップというのだってさ。正直、特に興味はない。

 彼に興味はないが、魔法に興味深々である。彼が国で一番魔法に詳しいかもしれないけど、彼に聞くくらいならメイアに聞く。

 彼女じゃ不明な事柄で魔術師長なら分かる案件だったとしたら、メイアから彼に聞いてもらばいい。

 いくら優れた能力を持っていても会話にならなきゃ、無いも同じだからね。慣れると意思疎通ができるようになるのかもしれないけど……。

 魔術師長の名前を語った時微笑みをたたえていたジャイルの顔が農業の話になると曇り始める。

 

「正直、芳しくないです」

「短い夏の間にしか作物が育たないのですか?」


 極地からそう遠い距離にないし、針葉樹林が生い茂っていた気候だったので寒冷な地域なのだと当たりをつけていた。

 そこから「短い夏」という問いかけとなったんだ。

 すると、彼の顔が苦渋に満ちたものになる。

 

「おっしゃる通り、短い夏の間しか作物は育ちません」

「四か月くらいで、収穫期は一回とか、ですか?」

「いえ、三ヶ月に満たないくらいです。他の時期ですと、植えてもほぼ枯れてしまいます」

「短い期間だけだと食糧が不足がちになり、芳しくないと?」

「そうではありません」


 ジャイルが大きく首を振り、ため息をつく。

 あからさまにがっかりした様子を見せてしまったことでハッとしたのか謝罪の言葉を述べた。

 

「英雄殿の前で失礼いたしました」

「気にしてません。元々、礼節も異なる国の出身ですし」

「そうでした。魔国では失礼ではない態度や仕草であっても気になるところがあれば遠慮なくご指摘ください」

「そのようなことはないと思いますが、もしあればお伝えします」


 礼節なんて気にする世界の出身じゃないんだよね、俺は。

 宇宙船が個人で持てる時代になり、広い宇宙を自由に航行できるようになった。

 それ以来、孤独に宇宙船で旅をすることも多いし、機会化した人なんかだと見た目が人間とかけ離れていたりで、もう色々ごちゃごちゃで敵対的な態度を取らなければ失礼だと思わなくなった。

 失礼と少し違うか……ともあれ、広い宇宙で他の宇宙船に会うことなんてないし、どこかしらの拠点に寄港したら久しぶりの人の声を聞くだけでもう満足ってやつなんだよ。

 何を言っているのか分からなくなってきた。

 それ、ただのぼっちじゃないかという突っ込みは受け付けないんだからな!

 仕方ないじゃないか。謎の事故で別宇宙に紛れ込んでしまったんだもの。たまたま発見したこのファンタジー惑星でこうして人と会話ができていることなんて奇跡だよ。

 あとはカレーさえ食べられれば。

 

「短い夏の間だけでも満足に収穫できれば、ため息が出るほどではないのです」

「唯一の収穫期である夏でも、作物が育たないのですか?」

「はい……。土に魔素が混じっているのではと言われています。魔王国全土で年々収穫量が落ち、農業で自給して行く計画はずっと進んでいません」

「針葉樹林の森で狩猟生活が主なのですか?」

「採集の方が多いかと。しかし、いずれ山の恵みは枯渇するのではと私は思っています。魔王様も同意してくださり、多大な援助をいただき各地から人材を募って農場を作っているのです」

「牧場も同じくですか?」

「家畜化に難航しています」


 ふむふむ。いいじゃないですか、いいじゃないですか。

 人手はある。魔素とやらはよくわからないが、土を分析すれば対応策も打てるだろ。

 土壌に合わせて種も品種改良すればいい。水がないなら、地下深くまで掘り進んで採水するか、どこかしらから引けばいいだけ。

 育ててる作物を聞いてみたが、使えるとしたら豆くらいか。豆を使ったカレーといえばダルカレーなのだが

 他は何かよくわからん野菜で、俺の求めているものではない。

 ひょっとしたら味わいがカレーに使うスパイスだったりするかもなので侮れないが、わざわざ知らない種を分析するよりこちらで準備した方が楽そうだよなあ。

 良し、宣言するぞ。しかと聞くがよい。

 いつになく真剣な眼差しでジャイルを見つめ、厳かに告げる。

 

「私は住んでいた国で最高かつ至高かつそして何ものにも代えがたいカレーライスというたべものを作るためにこの世界に来ました」

『いつからそうなったんですか? 食事なら事足りてますよね』

「カレーライスというのは料理の名前でしょうか?」

「そうです。カレーライスには様々な食材が必要なのです。そのために、私はこの地でジャイルさん。あなたのお手伝いがしたい」

「お、おおお。英雄殿が魔王国で成したいこととは、恵みをもたらしてくれることだったのですか!」


 感涙にむせぶジャイルと「そうです!」と力強く頷く俺という感動的なシーンなのに脳内会話で邪魔しないでいただきたい。

  

「今のままでは作物の実りが芳しくないと聞きましたので、私に畑の一角をお任せいただいてもよいでしょうか?」

「もちろんです! 全く成長していない区画もあります。その区画でしたらご自由に作業をしていただいても構いません」

「一つお願いがありまして、私一人では畑を耕すことは難しいです」

「畑作業をする人員はいますので、お声がけください。その際は私も行かせて頂きます!」


 完璧な流れだぜ。人員もかしてもらえるし、魔王国のお墨付きで堂々と研究に勤しむことができる。

 

『マスター。そこまでカレーライスに拘っていたのですね』

『そうさ。俺ほどカレー好きな奴はいないのだよ』

「カレーライスだけ口にしたいのですか?」

「それくらいの気持ちでいるよ。そうだ。カレーライスオンリー、ビバ、カレーライス」

 

 ジーク、カレー! カレーライスは世界を救う。

 ん、最後脳内会話じゃなかったような……。視線を感じ嫌な予感がし……た。


「そ、それほどの決意を……。しかし、それでは餓死してしまいますよ」

「ご心配、痛み入ります。マスターとワタシの食べ物は自分たちで準備いたします」

「そうでしたか。あなた方の決意、このジャイル。いたく感動いたしました! 給仕にも伝えておきますとも!」


 ちょ、ちょおおっと待って。

 どのような料理が出て来ても、あの灰色ゼリーよりはマシだろ。

 俺の言葉を待たずに「急ぎ伝えてきます!」とか言い残してジャイルが去って行った。

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