第12話 メイア

 どうしたものか。彼の名前さえまだ分かっていないのだが、一人で喋り続けている。

 俺はといえば「はあ」とか「あ、はあい」と相槌を打っているだけだ。

 ここはもうう魔王に頼んで何とかしてもらうしかないだろ。

 と思っていたら、魔術師長の後ろから角がなくて長い耳の女の子がひょっこり顔を出し、低い姿勢でちょこちょこと歩き俺に耳打ちする。


「英雄様。魔術師長様はこうなると全く周りが見えませんです。ですので、メイアからお話しさせていただきますです」

「君は?」

「メイアは宮廷魔術師をしています」

「だったら君に聞けば分かるのかな?」


 メイアと名乗った女の子は頬を綻ばせ、「はいです」と両手を握り胸の前にやる。

 笑うと八重歯がのぞく彼女は薄い紫色のローブにおもちゃのような赤いステッキを持っていた。

 なんかこう、どこぞの魔法少女かよ、という格好の上からローブを羽織ったかのよう。

 角が生えていないことから彼女は魔族ではないはず。その代わりといってはなんだが、耳が長く、先が垂れてくるんと巻いている。

 髪色はピンクがかった灰色で、背丈が120センチちょっとくらいかな?

 よくよく見てみると、顔も幼い。人間だとしたら中学生……には満たず、ってところか。10から12歳くらい? 小学生の見た目と年齢はよく分からん。

 だからといって俺は彼女を軽く見るつもりはない。

 

「英雄様はメイアが頼りない、と思われるのではと心配していたので嬉しいです」

「見た目からそう思うのかもと考えたのかな?」

「はいです。魔族の人からはメイアは子供のように見えるみたいです」

「宮廷魔術師という役割を与えられているのだから、相応の能力を持っていると想っていたよ。見た目なんて何の判断基準にもならない」


 見た目が幼いとか、人間とかけはなれているとかなぞ、何ら判断基準にならなかったのがこれまでの俺である。

 年齢なんていくらでもいじることができるし、見た目もしかりなんだよねえ。

 スパランツァーニだってドロドロの液体金属なわけで。美少女の姿にも馬の姿にもなれる。

 俺の常識と魔王国や彼女の常識はもちろん違う。結果的に俺の態度が彼女の好感度をあげたようだった。


「英雄様は変わった方なのですね。いえ、悪い意味ではなく、です」

「はは。さっそくだけど聞かせてもらえるか?」

「ご友人のスパランツァーニ様の使い魔の件ですね。知らなかったとはいえ、何体も使いモノにならなくしてしまい、申し訳ありませんでした」

「いや、それは仕方ない。俺の世界でも事前合意なしで他国の空を使い魔の目を通じて観察することは禁止されている。問答無用で攻撃されても悪いのは空に侵入した方だ」

「魔王国でも同様です。未確認の使い魔は他国のスパイと判断され、容赦なく攻撃することとなっておりますです」

「使い魔による偵察はよくあることなのかな?」

「稀に……です。現状魔王国以外となると魔力に優れたエルフや使い魔に特化した魔術師ならば遠く離れた魔王国にまで使い魔を飛ばすことができますです」

「なるほど。臨戦態勢ならばともかく、そこまでコストをかけて使い魔を飛ばす意味がないから稀なんだな」

「その通りです」


 魔王国には領空侵犯の概念がある。なので、観測機が撃ち落されたのは国を護るための当然の行為だった。

 航空機を見かけなかったが、使い魔がいるからスパイを滅するという観点で領空を護る必要性があるというわけか。

 観測機を何台も壊してしまったことは勿体なかったけど、攻撃の起点であった城を特定できたし、こうして彼らと問答を交わすうことができているのだからおつりがくる。

 英雄の件は完全なる幸運だったけどね。

 運も実力のうちさ。ははは。

 

「どのようにしてスパランツァーニの使い魔を攻撃したのか、って教えてもらうことはできるのかな?」


 問いかけに対しメイアは魔王アルバートへ目くばせをする。対する彼は「うむ」と頷きを返した。

 

「宮廷魔術師の執務室に遠見の水晶がありますです。魔王都カムラットに近づく何かがあると分かります」

「遠見の水晶で場所を特定し、魔法? で攻撃するのかな?」

「その通りです。敵性生物の大きさによっては儀式魔法で対処しますです」

「魔法は通常一人で放つけど、儀式魔法は複数人で協力して放つ?」


 推測が当たっていたようで、メイアがこくこくと頷く。

 すげえ、あの火球やらは魔法だったのか。儀式魔法はあれだ、隕石だよ、きっと。

 魔法のある世界。なんだか夢が広がりまくるな。魔法でカレーを出せたりするのかな?


「疑問点は解消されましたですか?」

「だいたいは。一つだけ聞かせて欲しい。魔法って何でもできちゃうものなの?」

「何でも……とは回答が難しいですます」

「確かに。たとえば、魔法で芋を生み出したりできるのかな?」

「不可能です。魔法は魔力を別の力に変換するものです。雨雲を呼ぶことはできるかもしれませんが、水を生み出すことはできません」

「火球は生み出せていたんじゃ?」

「いえ、魔法の炎は消えますです。氷も水も同様です」


 難しいな。食糧を生み出すことはできない、とだけ覚えておこう。

 魔法で次から次へとカレーに必要な食材を出してもらって、は不可能か。

 話が途切れたところで、アルバートが声をかけてきた。

  

「使い魔の件、納得いただけたかな?」

「無許可で侵入したのはこちらです。機密の水晶のことを教えて頂けましたので、こちらとしては不満はありません」

「そいつは僥倖。遺恨なしということでよろしいかな?」

「はい。この地で何を成すかもう少し国のことを聞きたいのですが」

「うむ。このままここで立ち話というのも落ち着かぬだろう。客室に案内させてもよいか?」

「ありがとうございます。是非に……と言いたいところなのですが一つお願いがあります」

「使い魔のことか? 今やそちは魔王国の友人である。そちの使い魔の飛行を許可する。ただし、そちの使い魔かそうではないのかこちらが判別つかぬと判断ができぬ」

「分かりました。メイアにスパランツァーニの使い魔を見せておけば、その個体に関しては許可する、ですね」

「いかにも」


 おおっし。あっさりと領空通行の許可がでたぞ。

 客室でスパランツァーニと作戦会議をしながら、農業関係の人を呼んでもらおう。

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