第11話 串刺しショーはもうごめんだぞ!
「ノ、ノスフェラトゥ……」
「不死の王……」
同席していた騎士たちが思わず声を出し、口をつぐむ。
魔王の前だから勝手に口を開くことは厳禁なんだろうな。それでも心臓が貫かれ平然と「剣を引き抜いて」なんて光景は衝撃的過ぎてつい声が出てしまったのだろう。
航空機が発達していない世界となると、もちろんナノマシンもない。ナノマシンが無ければ心臓を貫かれれば即死するのだから、彼らが驚くことは理解できる。
「感服いたしました」
「あ、うん……ちょっとばかし驚いたよ」
俺の前に回り込み、平伏する女騎士にどう返答したものか悩み、微妙な返しになってしまった。
今日は心臓を貫くに良いお日柄で、なんて皮肉を返すわけにもいかないからさ。向こうは大真面目に「儀式」を執り行ったわけだし。
彼女と入れ替わるようにして魔王アルバートが前に出る。
「ムラクーモ。驚かせてしまったようですまなかった。我らとて来訪者の心臓を貫くなど信じられぬ儀式であったのだ」
「は、ははは……」
「だが、そちの魔力が無いことは心臓を貫く儀式と同じくらい信じられぬことだったのだよ。魔力の無い者が本当に実在した。ならば、と」
「じ、事情は分かりました。気にしてませんので、これで私は英雄と認められた、のでしょうか?」
「いかにも。回りくどい儀式まで手間をかけさせた。そちの成したいこと、できうる限り協力させてもらう」
もう変な儀式や試練はないんだな?
聞きたいこと聞いちゃっていんだよね?
いかん、さきほどの心臓をぶっすり行く儀式のせいで疑心暗鬼になりかけている。
「まずは改めて自己紹介させてください。私は村雲竜彦。こちらはスパランツァーニです」
「ムラクーモの連れの者も魔力がない。同郷の者なのだな。伝承では英雄は黒髪の男だと聞いていた故、スパランツァーニ殿を無視するような形になりすまなかった」
「いえ、数百年待った英雄が登場したとなると、まずはそこから、となるのは分かります」
「お気遣い痛み入る。改めて名乗ろう。私は魔王アルバート・カムラット三世だ。儀式を執り行ったのは我が娘オリビアである」
見えていないわけはないと分かっていたものの、スパランツァーニのことも認識しておいてもらわなきゃな。
彼女が一人で魔王国へ来ることもあるかもしれないから。
『マスター。ワタシの紹介は結構ですから、本題に入ってください』
『そうだった。カレーの材料があるのか聞かなきゃな』
『それは優先事項ではありません。食糧は生産できています』
『……あれ、食糧じゃないもん。色だって毒々しい灰色だし』
『突っ込みますよ?』
俺が会話している最中に脳内に語り掛けてこないでくれよ!
ちゃんと覚えているからさ。それにしても物騒なことを平然と言ってくるわね。灰色ゼリーはもう勘弁して欲しい。
このままだと今日も灰色ゼリーを食べることになってしまいそうだ。それだけは避けねば。
観測機のことだろ。分かってる、分かってるってば。スパランツァーニよ。じっと俺を見つめてこないで。
ええと、どう表現してもっともらしく聞こうか。
過去に読んだファンタジーな物語を元にするのが良いはず。
「スパランツァーニの使い魔が空を飛んでいたところ、魔王国の空で火の玉や落雷に当たり。もし何かご存知でしたら教えて頂けますか?」
「あの奇妙な鳥はスパランツァーニ殿の使い魔だったのか。魔術師長を呼べ」
合点がいったとばかりに関係者? を呼んでくれるアルバート。
一方で父である彼に耳打ちするオリビアだった。
「父様。魔力が無くとも使い魔を操ることができるのですか?」
とか聞こえてるからね。
適当に発言した「使い魔」だったけど、魔王国には本物の使い魔がいるようだ。すげえ、俺のファンタジー知識すげえ。
我ながら惚れ惚れする。
しかし、もっと驚かれるかと思ったのだけど、騎士たちも平然としたままだし観測機のことは大したことなかったのかもしれない。
『心臓串刺しショーが余程刺激的だったんじゃないでしょうか?』
脳内通話をフル活用し余計なことばかり伝えてくるスパランツァーニをどうしたものか。
もう突っ込む気力もねえよ。
すぐに魔術師長らしきローブを身に纏った老年期の魔族が供の者を連れだってやって来た。
金糸で刺繍された前掛けと使い古したローブがアンバランスで、真っ白な長い髭にぼさぼさの白髪。靴も一部穴が開いたいるのだが、手に持つ樫の木の杖はピカピカに磨かれている。
なんともまあ、分かりやすい人だな。こういう人を俺もかつて見たことがある。
研究に並々ならぬ力を注ぐ学者たちだ。彼の場合、研究道具である杖には少しでも乱れがあるといけないといことで念入りに念入りに手入れしているのだろう。
その一方で身の回りの物や食事などにまるで興味を示さない。服は着れればいい。食事は栄養が取れればいい。
興味のあることに対しては、いや、興味のあること以外には自分の生活のことにさえ極端に無頓着である。自分が常識人だとは思わないが、ここまで一つのことに熱中することは常人には不可能なことである。
この老年期の魔族からはやべえ研究者と同じ空気がするんだ。
彼は中腰になりぎょろりと俺を見上げる。ギラギラしたねばつく視線に怖気がした。
「あなたがあの妙な飛行生物の。使い魔、あれが使い魔なのですかな?」
「あ、はあい」
「ううむ。使い魔か。使い魔だったのか。何体も何体も。しかし、あなたの魔力はゼロだ。常識外の数を同時に操り、ふ、ふうむ」
「あ、あの」
「吾輩は反対したのだ。破壊するではなく、捉えたいと。しかし、しかしだ。明らかに王都へ迫っている敵性の可能性が高い飛行生物を放置はできぬ、と。敵性だとかそうではないとか、どちらでもいいと思わないかね?」
「え、ええと」
ヤバい。自己紹介もできない。
こういう時ってまずは挨拶、そして、謝罪からの理由説明じゃないの?
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