第10話 失礼します!

 この惑星の人間とは異なる種だとは思うが、人間そっくりと言われるということはこの惑星の人間と俺は少なくとも見た目がそっくりということだ。

 観測衛星だと人の姿をハッキリと捉えるまでの解像度がないので、魔王国以外に住む種族をまだ見ていない。

 アルバートの情報によると南西に人間の国があるそうだ。そのうち行ってみることにするか。カレーの材料があるかもしれないからね。

 魔王国の食材は見ていないが、ここにもきっと何らかのカレーの材料があるはず。カレーの材料は空の安全を確保するのと同じくらい重要事項である。

 空の安全を確保できれば、ロケットワンダーを飛ばすこともできるし、空からだと移動も遥かに速くなる。

 世界中の食材を調べ、迅速に現場へ向かい、カレーの材料を集めることができるのだ。夢が広がりまくりってやつよのお。

 さて、遺伝子的には異なるのかもしれないこの惑星の人間と俺はそもそも違う、ということは置いておいて。

 俺は人間なのかどうか、と真剣に問われると遺伝子的には人間であるから人間だと言える。

 だが、体の中にナノマシンを数万体入れ、視界にディスプレイウィンドが表示されたり、脳内にアラート警報が発動されたり、あげくには自動で体を動かしたりまでやれるほどまでになった状態を人間と呼んでいいのかは難しいところだ。

 なので「人間ではない」とアルバートに認識されたとしても、「否」と否定できるわけじゃないんだよね。

 難しいことは置いておいて、アルバートにもう少し英雄とは何かを聞くとしよう。この間、1秒である。

 俺の問いかけに対し彼はゆっくりと語り始めた。

 

「英雄は魔王国に変革をもたらす者。魔王国にとって良いのか悪いのか分からぬ。英雄は我ら魔族とは真逆の存在故、英雄の善意が我らにとっては良いも悪いも判断がつかぬということ」

「抽象的過ぎて何が何やらですね。真逆とは?」

「ムラクーモ。そちの世界と異なり、我らの世界では生きとし生ける者全て魔力を持っている。その中でも我ら魔族と古のエルフは魔力に秀でているのだ。魔族の呼び名も魔力に長けたことから来ているのだ」

「魔力を持たぬ私と彼女と対比して、真逆と表現されたのですね」

「私はそちを英雄として我が国で成したいことを止めるつもりはない」


 ん。英雄ってやつは何かやりたいことがあって魔王国を訪れるのか。

 そいつは都合がいい。要望も聞いてくれたりするのかな?

 

「成したいことをするために、聞きたいことがあります」

「そうか。伝説の通り英雄は魔王国で何かを成し、変革をもたらすのだな。数百年まった伝説が今目の前に現れた。私としては協力をしたいと思っている」

「ありがとうございます」

「それでは、英雄であることを示してもらおう。英雄とは魔力が無いことに加え、もう一つ特性がある。良いか?」

「え、あ、はい」


 何だろ。示すことができるものなら良いのだけど、せっかく友好的に話が進んでいるので俺だってここで台無しにしたくはない。

 なるべくなら敵対したくないものな。気持ち的にも実利的にも。

 何をしたらいいのかと待っていたら、魔王アルバートの入場の際に先頭を務めていた女騎士が膝をつきこちらを見上げて来る。

 

「僭越ながら、王の娘オリビアが儀式を務めさせていただきます」

「俺は何をすれば?」

「後ろを向いて頂けますでしょうか?」

「分かった」


 ううむ。何をするのか想像がつかない。首を捻りつつも彼女から背を向ける。

 後ろで何やら金属音が聞こえた。

 

「失礼します」

「え……」

 

 グサ……。

 彼女の声と同時に左胸から剣が突き出ているではないか!

 この位置は心臓を貫いている、で間違いない。「失礼します」と言ったからっといって「はいどうぞ」なんて返すわけないだろ!

 俺が普通の人間だったら即死しているぞ。

 剣が体を貫くと同時に体内のナノマシンが痛みを感知し、痛覚を遮断しているので痛みは感じない。

 加えて貫かれた箇所をナノマシンが覆い即止血しているので、血が溢れってくることもなかった。


『心臓に損傷あり。止血完了。一時的に心臓を止める処置をいたします。血流の代わりにナノマシンが酸素を運搬します。呼吸を続けてください』

『アラート。自発呼吸が停止した場合、強制的に肺を稼働させます』

『体内の血液量は正常範囲。異物を取り除く準備が完了しました』

『アラート。エネルギーが枯渇しております。至急、エネルギーを補充してください』


 脳内で次から次へとメッセージが表示される。

 俺の状態を見たスパランツァーニが、医療用のシリンダーを取り出し、俺の首に当てる。

 医療用のシリンダーは旧式の注射器と違って針を体に刺す必要が無く、肌に当てるだけでシリンダーの中の液体を体内に流し込むことができる優れものなんだ。

 かといって注射器が使われなくなったわけではないのが難しいところ。ケースバイケースなんだよね。

 今のように迅速にエネルギーを補給したい時とかには医療用のシリンダーが向く。

 

「マスター。カロリーアンプルを注入します」

「頼む」


 スパランツァーニがシリンダーの底を押し込むとぶしゅっと音がして、首からカロリーアンプルが注ぎ込まれる。

 こいつはエネルギー補給だけを目的とした栄養素のみが凝縮されており、ナノマシンを動かすに最適化されたものなんだ。製造コストが高い上、カロリーが高過ぎるため普段の栄養補給には向かず緊急時以外には使えない。

 

「そろそろ剣を引き抜いてもらえるかな?」

「しょ、承知いたしました」

 

 剣を突き立てたままにしてくれていたのはありがたかった。剣が刺さったままの状態の方が止血箇所が少なくて済む。

 女騎士が剣を引き抜くも、全く血が出ていない。

 エネルギー補給をしたし、脳内メッセージも「異物を取り除く準備ができていた」と示していたからね。

 宇宙船が墜落した時は全身に衝撃を受け、両腕が吹き飛び脳だけ保護される直前までいった。あの時に比べると全然大したことはないな。

 ナノマシンがいなければ即死していた傷だが、俺にとってはそこまで大した傷じゃあないってことさ。

 それでもスパランツァーニがエネルギーを注射してくれないと気絶していたと思う。

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