第9話 えっちい話

 小高い丘の上に城が建っているので、街のどこにいても城の方向は分かる。

 門番は街に入るとすぐに別の警備兵に代わり、本来の役目を果たしに戻って行った。

 物々し過ぎる兵士の歩みに街の人たちも興味津々な様子。フード付きローブを目深に被っているので顔を見られていないものの、次この街へ来るときは同じローブを着れないなと思うほどの注目ぶりに辟易する。

 あ、そうか。どんな服を着てようが、「魔力がない」ことで俺をすぐに特定できてしまうか。

 俺からは彼らが魔力があるのかないのかが分からないってのに。魔力って目に見えるものなのか、感じ取れるものなのか、も不明。

 未知の事象に学者連中なら興味がわくのだろうけど、俺は別に魔力がどういったものなのか解明したいという要求は微塵たりともない。

 字面が同じ「みじん」切りになら興味があるけどね。カレーに使うたまねぎのみじん切りとかにさ。

 石造りの家々を見ようにも人だかりでどうにこうにもだったが、人々の着ている服装は俺にとって珍しく目を引かれる。

 ゆっくり眺めている暇もなかったのだけどさ。その場で立ち止まることができなかったんだよね。兵士に囲まれて歩いているから仕方ない。

 せっかく今のところ俺を伝説の英雄とやらと勘違いして友好的なので、ゾロゾロ歩いている彼らにいろいろ聞いておこう。見たところ城まではまだ距離がある。

 

「伝説の英雄って一体?」

「そうでした。英雄殿は異国の地より至ると伝承にあります。我ら魔族のことを知らずのも当然のこと」


 何やら一人納得している髭もじゃの兵士だった。何て都合の良い伝承なのだろう。俺が何も知らないことがより彼らを信じさせることになるなんて。


「魔族とはこの街に住む人たちのこと?」

「その通りです。我ら魔族は魔族の王である魔王様をあるじとして魔王国で暮らしています。この街は王都『カムラット』です」

「王都ってことは、カムラットが魔王国の中心地になるんだな」

「はい。魔王様の城もございます」

 

 堅牢な城壁が築かれていたのも魔王が住む街だったからなのかもしれない。

 魔王国の範囲がどこからどこまでか分からないけど、魔王国の領域のうち中心部にカムラットがあるとすれば無駄な城壁になるんじゃないのかな?

 外敵ってのは何も他国だけではないか。猛獣やらもいるのなら、進入を防止することができる。街の安全を護るに城壁は有効な手段なのだろう、多分。

 航空機が発達すると猛獣はともかく、他国の防衛の観点からは何ら役に立たないが、観測衛星の映像からは航空機が存在しない確率が非常に高い。

 続いて伝承とやらを聞こうとすると跳ね橋が見えてきた。

 城には掘があって、跳ね橋を通って背の低い城壁の中に入る作りになっていたんだ。

 跳ね橋の上げ下げはどうしているんだろ、なんて考えながら手巻き式の鎖を見ていたら、スパランツァーニに手を引かれて転びそうになる。


『跳ね橋の機構は手巻き式です』

『あのハンドルを気合いで押して回すのかな』

『はい。マスターなら五人分ほどの力が必要ですね』

『思った以上に重いんだな』


 さすがスパランツァーニ。この刹那の間に分析を終えてしまうとは。

 実際に触れずとも観察のみで構造を分析し、鎖の太さから強度を見積、どれだけの力でハンドルを回さなければならないのか計算してしまう。

 いくらナノマシンで電子化された俺といえども、彼女の計算能力と比べれば砂粒と惑星ほどの開きがある。

 

「魔王様がお待ちです」


 と言われ、開け放たれた門をくぐった。

 城に入ると大広間になっており、赤い絨毯が敷かれ左右の柱に黄色のタペストリーがかかっている。タペストリーは複雑な文様が描かれており、一目で手間暇がかかっているものだなと推測できた。


「こちらでお待ちください」


 金色に赤いカバーというクリスマスカラーの椅子に座り、魔王が来るのを待つ。

 椅子は座るに大き過ぎて背もたれはあるけど、背中が届かない。こう、王城にある椅子って感じはするのだが、見た目重視で快適さはないなあ。

 

『魔王って聞くとなんだかドキドキするよな』

『どちらですか?』

『どちらって?』

『魔王が』

『も、もういいよ』


 スパランツァーニめ。またえっちい話にもっていこうとしただろ。

 えっちい話でないにしても、彼女の言う「魔王」とこれから会おうとしている魔王は意味合いが異なるんだよね。

 ゲームや物語で出て来る魔王というのはドラゴンとかゴブリンとか色んな魔物を統べる王で、魔物たちから崇拝されていたり、人間の王国と戦争していたりする。

 彼女の言う魔王はこのタイプだ。聡明な彼女は意味合いが違うと分かっていてワザと言っている。

 さて、今俺たちが待っている魔王は人間の王国の王と変わらない。

 人間ではなく魔族という人間に似た種族が暮らす領域を治める王である。

 「魔」王と呼称されてるけど、国王と想像した方が適切ってわけだな、うん。

 いつの間にか俺たちを連れてきてくれた警備兵はいなくなり、鎧姿の騎士が椅子の後ろに控えていた。

 

 マントを装着した女騎士を先頭にして、騎士に囲まれ魔王らしき人が姿を現す。

 銅鑼が鳴って「王のおなありい」とか少し期待していたんだけど、音もなく出てきちゃったな。

 魔王はその、何と言うか普通だった。

 ヤギのような角に銀色の髪色は人間の白髪にあたるのかもしれない。歳の頃は50代後半くらいに見える。

 黒い貴族風の衣装に赤いマント、手には王尺を握っていた。

 王冠をつけていないのは角の邪魔になるからだろうか? いや、地球の国王でも王冠って余り見ないかもしれない。

 

「はじめてお目にかかる。私は魔族の王アルバート・カムラット三世である。貴君が英雄と聞いたが、確かに魔力が一切ない」

「はじめまして、村雲竜彦むらくもたつひこです」


 さすがに王様に対して不遜な態度をとることは出来ず、立ち上がりフードをあげ素顔を見せた。スパランツァーニも俺に倣う。

 お辞儀をしてから自己紹介をしたら、アルバートは微笑を浮かべ右手を差し出した。

 彼と握手を交わし、手を離す。


「ムラクーモ。そちは人間そっくりに見える」

「そう見えますか」

「いや、侮辱したわけではないのだ。人間は魔王国より遥か南西に王国と帝国がある。そちが人間であろうはずがないのは私でも分かる。すまなかった」

「こちらこそ。人間と言われ気分を害したわけではないです」

「そうだったか。世の理の外から来訪した英雄にとって世の中のことは分からずとも当然のこと」

「英雄とはどのような存在なのですか? 確かに私は世の理の外から来ましたが、外の世界では英雄の話など聞いたことがないのです」


 素直に思ったままを発言したら、アルバートは何やら感心した様子で頷く。

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