第5話 観測!
あ、あああ。カレーが食べたい。カレー、カレー。
口に突っ込まれる灰色のゼリーに気がめいりそうだ。食事のたびにこれだと辛い。マジで苦痛だ。
「ちゃんと食べられました。えらいぞお」
「ま、まだ、その設定なの? うぇ……。いっそもうアンプル注射にしてくれない?」
「経口摂取以外となりますと、非効率です」
「医療用のならあるんじゃ?」
「培養ゼリーが最も製造効率が高いです。今は拠点作りも行っていませんし、無駄な資源を使うべきではないかと」
ぐ、ぐう。そう言われると何も言い返せない。
宇宙船で夜を過ごし、起きたらこれだよ。これほど楽しくない食事は人生で初である。
何とかしなければ精神的苦痛で押しつぶされてしまう。
「さて、食べ終わったことだし、拠点作りに……何をしているの?」
「口移しがいいんですよね?」
「ま、待って。もう食べたから、食べ方を変えても変わらない、ちょ、寄ってこないで」
「仕方ないですね」
ふ、ふう。灰色ゼリーを飲み込んでくれたようだ。
全く何を考えているんだよ。灰色ゼリーを食べるのは、必要最小限にとどめたいってのに。
無表情でコテンと首を傾けられても可愛いより不気味さが勝つ。
見た目は完璧な美少女であっても、ドロドロスライムであることを忘れてはいけないのだ。
スライムといったが液体金属ね、一応。
「スパランツァーニ。工作機械はどれくらい投入できそう?」
「惑星不時着時の簡易拠点用でしたら今すぐ稼働できます」
工作機械はスパランツァーニの遠隔操作で動く土木工事専門の機械だ。
修理や補給のために真空の惑星へ着陸した時なんかにも、地下に拠点を作れれば放射線を塞げたりとか何かと便利なんだよね。
工作機械は宇宙船には必須のアイテムなんだよ。
他にも色々宇宙を旅するために必須のものはあるのだけど、拠点作りと並行して確かめなきゃならないことがある。
「スパランツァーニの処理能力で工作機械以外も動かせる?」
「お任せください。マスターの食事準備は滞りなく」
「それはいい……観測衛星を使えないかと、いや、観測機を飛ばしたい」
「小型観測機でしょうか?」
「そそ」
忘れちゃいないぞ、俺は。
大怪我を負い、灰色ゼリーを食べなきゃいけなくなった原因を作った謎隕石のことを。
下から上に動く隕石なんてものが雨や雷のように発生する現象だったら、空を移動するに危険すぎる。
観測衛星で遥か上空から監視することはできるのだが、何もない空間から突如現れるとなると該当空域に踏み込まないと発生しない事象かもしれないだろ。
小型観測機を飛ばし、観測衛星で追跡すればより詳細に現場の状況を知ることができるはず。
もっとも、観測衛星だと惑星の裏側を小型観測機が飛んでいる時は撮影できないけどね。それはまあ仕方ない。
あとはスパランツァーニがどれだけ同時に操作できるかだな。彼女には工作機械も遠隔操作してもらうから。
「5000機でも問題ありません」
「え? ちょ、いや、そんなにも観測機の数はあったっけ?」
「今はございません。氷ではなく岩石層があれば量産可能です」
「そんな設備が残ってるのに、食事は……」
「お食事をご所望ですか?」
「いや、食事は夜まで要らない……」
観測機の量産は確かに欠かすことができない。
同じくらいカレーを食べることだって大事なんだよ。
この広い惑星の中にカレーの材料となる食材を集めにでなきゃならん。そのためには空の安全を確保したいところなんだ。
「マスター。順番にお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「頼む」
「ではまず拠点はドーム型住居にいたしますか? それとも地下室にいたしますか?」
「寒さは問題ないとしても、宇宙船を隠したいところだな」
「では地下室でよろしいですか?」
「地下室からで。植物育成用のプラントも作りたい」
氷の世界だといくら品種改良した種でも育つのが難しいかもしれない。
いやそもそも、植物が育つ栄養素がないじゃないか。土をどこかから持ってこなきゃ、畑を作ることができないな。
どこから運ぶか悩ましい。ぐう、やはり空の安全が確保できないと制約が多いか……。
「畏まりました。宇宙船を格納できる格納庫を地下に。その後、光を透過するドームを建築いたします。建築素材はグラファイトが至適ですが、現時点で氷以外の素材がありません」
「氷でも溶けないかな?」
「24時間の観測結果しかございませんが、観測結果通りの気温ですと問題ないかと」
「氷でいこう。うーん、地下何メートルくらいまで氷になっているんだろうなあ」
「1~2キロはあるかと想定しております」
「だよねえ」
現在、24時間日が沈まない真夏である。
真夏でも氷が溶けないのなら、他の季節で氷が溶けることはない。
それと、スパランツァーニが1~2キロと想定した氷の分厚さだが、地球の南極と同じとすればそれくらいの厚さになる。
地球と似た惑星だし、北極と南極の違いはあれど大地の上に分厚い氷が積み重なっている環境は同じ。
となれば、地球の南極と同程度だろうと想定するのは妥当なところと言えよう。
計測すればすぐ分かるが、急ぐ話じゃないし他にやらなきゃならないことが沢山あるので推測で構わない。
地下室を作った程度じゃ地面に到達しないとだけ分かればそれでいい。
「次に観測機ですが、隕石の出現地点へ向かわせる、でよろしいでしょうか?」
「座標が分かるの?」
「はい、宇宙船に記録されております」
「おお、素晴らしい。それで頼む」
一度隕石を観測した地点なら、再び観測できるかもしれないよね。
「そんじゃま、状況開始といきますか」
「マスター。ワタシから一つ提案があります」
「是非聞かせてくれ」
「太陽光発電パネルを出しましょうか?」
「そ、そうだった。機械類を動かす前に頼むよ」
「畏まりました」
エネルギーに限りがあるから、増やせる時に増やしておかなきゃ。
そもそも極地にしたのは太陽光発電のためだったものな。
これもこれも灰色ゼリーなんか食べさせるからだよ。余りのまずさに考える力が失われてしまったのだ。
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