第4話 ゼリー!

「君だけを呼びたいんだけど、名前はあるのかな?」

「スノーマンはスノーマンなのだ」


 は、話が通じない。

 雪だるまたちは群体生命体なのかもしれん。個に別れているが元となる意識は一つとかそんなやつ。

 人間が定義する生命体に当てはまらないとのことだし、俺の常識で彼らを推し測ることは難しい。こういうものだと割切ることが大切なのだ。


「ここでしばらく暮らしたいのだけど、いいかな?」

「スノーマンは構わないのだ。大地は広い、のだ」

「ええと、じゃあ。ここから見える範囲くらいは使っちゃってもいいかな?」

「構わないのだー」

「今すぐにお礼はできないけど、落ち着いたら引っ越し祝いをさせて欲しい」

「祝い? もうすぐ祭りなのだー」

「祭り、そいつは楽しみだ」

「タツヒコも参加するのだー」

「分かったのだー」


 こんなにあっさり土地を使うことを認めてもらっていいのだろうか……。

 そもそも彼らに土地という概念がない気もする。

 こうも友好的に来られるとこちらも下手なことはできないよな。

 勝手に侵入したこちらが悪いのは重々承知でも、取り囲まれて襲い掛かってこようものならこちらも防衛する必要が出てくる。

 そうなりゃ、相手のことなど構いもせず氷の世界を温暖化させることだってやってしまうかもしれん。

 雪だるまは暖かくなると溶けそうだし、なるべくここにある素材を使って拠点を作るようにしようか。

 

「スノーマンたちはもう行くのだー。またなータツヒコー」

「さっそく家を作らせてもらうよ」


 ぴょこんぴょこんと跳ねて遠ざかり始めたスノーマンたちだったが、すぐに地面に潜って行ってしまった。

 彼らがいなくなると、再び氷の世界は静寂に包まれる。

 

「とりあえず、ご飯にでもするか」

「お任せください」


 スタスタと船内に戻って行くスパランツァーニに「あ」と気が付いた時にはもう遅かった。

 でもま、了承したってことは培養層は無事ってことだよね。

 培養層が壊れていたらこの惑星にある有機物を拾ってきて人工食糧機に放り込まなきゃならなくなる。氷の世界に有機物はほぼないだろうから……ま、まあこの後のことは食事をしながら考えればいいか。

 ん、何か忘れているような……。

 

 ◇◇◇

 

「これ……食べるの……?」

「マスターの大好きなカレーと同じ栄養素が含まれております」

「栄養素じゃなくて……だな」

「何か問題が?」


 澄ました顔で言ってのけるスパランツァーニに対し盛大に突っ込みたくなる衝動を抑える。

 こ、これが食事だと!

 酷い、あんまりだ。別に病人ってわけじゃないってのに。大怪我を負ったものの、今の俺は健康そのものである。

 ナノマシンだって俺の健康状態を「良好」と示してくれているんだぞ。

 だってのに、皿に乗せられたのはブヨブヨしたゲル状の何か。

 プリン……と言えば……いやいや。灰色のゼリーがプリンなどと呼べるはずもない。

 それにこの匂い。

 薬品ぽさが半端ないんだよ。そうだこれ、セメダインの匂いに似ている。

 困惑する俺に対し、スパランツァーニは何を思ったのかスプーンを掴み灰色のゼリーをすくう。

 

「ちょ、何をするつもりだ」

「仕方ないマスターですね。分かってます。疑似的に恋人気分とやらを楽しみたいんですね」

「ま、待て。マジで。違うから、違うって」

「そういう設定ですか。分かりました」


 分かってない、分かってないだろ!

 否定するため口を開いたら、スプーンを口の中に突っ込まれた。


「不味い。不味すぎる。水、水をくれ」

「はい」

「管から水を流すな!」

「体内に入れば同じです」


 地獄絵図とはまさにこのこと。右手をチューブに変化させたスパランツァーニがそいつを容赦なく俺の口に入れて水が流れ込んでくる。

 蒸せた……。


「はい。次です。あーんして」

「できるかああ……ぐお」

「水です」

「……もう好きにし……ぐお」


 喋るたびに口の中に灰色のゼリーが突っ込まれ、飲み込ませるために水が流し込まれてきた。

 どんな拷問なんだよこれえ!


「はあはあ……これ加工前のゼリーだよな」

「おっしゃる通りです。それが何か問題が?」

「問題大ありだよ! さっきメニューを聞かなかったのはワザとだよな」

「はい。メニューを選ぶ必要がありませんでしたので」

「メニューは大事だぞ。灰色のゼリーなんて不味くて喰えたもんじゃない」

「ちゃんと食べられました。えらいぞお」

「……変な設定が入っているな……」

「設定を申し出たのはマスターです」

「……ま、まあ。それはともかく。メニューだよ、メニュー」

「ですから、必要がありません」

「え、まさか。調理機能が壊れた?」


 無表情のまま頷くスパランツァーニ。

 何てことだ。重要な機械を護れと指示を出し、大怪我まで負ったというのに調理機能が壊れていたなんて。

 確かに生存や探索といった観点で見れば調理機能は必要ない。

 彼女の判断からすると「娯楽」に分類され、最初に切り捨てるべき機能になるのだけど……あああああ。違う、違うだろお!

 と突っ込んでも後の祭りである。


「一つ聞くが」

「はい」

「もちろんカレーもダメだよな?」

「もちろんです」


 ……。

 やはりそうか。一年以内にカレーを食べられるようにしなければ。

 いやいや、カレーは確かに第一に優先すべきもの。俺が俺であるために必須だ。

 だがしかし、灰色のゼリーだけで凌ぐなんて絶対に絶対に許されるものじゃあない。

 こんなものを食べるくらいなら点滴にして食事をとらない方が断然マシだろ。

 

「決めた。第一目標はカレーだ」

「よくわかりません」

「元々、惑星に降り立ったのは人工調理じゃない土から育てた食材を使ってカレーを食べたいから、だろ」

「そう言えばそうでしたね」

「やるぞ! やらねばならん」

「食事はこれがあるじゃないですか。まずは安全の確保と共に探査です」


 スパランツァーニが何やらのたまっているが、頭の中がカレーに染められた今の俺には聞こえてはこなかった。

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