第32話 法陣

 ポーション瓶の魔導具化については、パラケル爺さんにいったん託すことになった。自分の魔導具・魔導文字への理解が無いためだ。代わりの課題として、爺さんが書いたという学院の教本を渡された。

「魔導文字列解析」「パラケル流魔導具作成法」なる分厚い本だ。初級魔術は一通りやって習得した。次は魔術の深い理解が必要となる。魔術の法則を学ぶには、魔法陣の習得が一番早い。魔法陣と魔導回路に使用される文字を習えば理解がより進む。パラケル爺さんの経験からくる話のようだ。


 爺さんはここ一週間城郭都市で用事をこなしていたようだ。盗賊・奴隷商人の取り締まりの嘆願。元仲間との打ち合わせ。元職場からの荷物の整理と回収。学院関係の同僚との打ち合わせと称した飲み会。ずいぶんと忙しかったらしい。昔に出版した本を探しに行ったのが今回の主目的だったようだ。


 店番をしながら、手始めに「魔導文字列解析」のほうを手に取り、読み進める。この本によると、使用目的と使える素材によって、魔法陣と魔導盤に分かれる。魔法陣は一回かぎりの即時製のある魔力の行使を指す。複数の魔法陣をつなげるときは、魔導回路でつなぐ必要がある。魔法陣、盤、回路それぞれは魔石を使用した特殊インクを使用する。

 魔法陣は、羊皮紙や金属などを下地として魔術の軌跡を刻む。使用者が指定場所に魔力を込めることで実行される簡易的な魔法だ。紙を使用した物は術札とも言われる。この術札は冒険者でも魔法を使用できない者や、属性魔法が習得できないときに重宝されている。魔導盤については、もう1冊の「パラケル流魔導具作成法」を見るように、とある。

 

 指示に従い、「パラケル流魔導具作成法」を開く。魔導盤の項を見る。魔導盤は主に金属に回路を刻み込み連続して使用するもの、としている。こちらも複数の魔導盤を使う時は魔導回路を併用する。発動場所と開始場所が離れているので魔導盤と魔導回路はセットで使用する。使用する装置に金属を這わせ盤を固定する。複数魔導盤を組み込み、目的にあった機能を組み込んだ装置を魔導具と呼ぶ。魔力供給源として魔石を使用する。主に生活をより便利にするものが国内で流通している。


 一方、魔力供給に自身の魔力を使用する魔導具も存在する。魔導盤とすることで連続使用も可能だ。ただし回路を自身に合わせて再設計を余儀無くされる為、高価となっていた。

 これらの魔導盤と魔導回路は、回路が損傷しないようにガラスを覆う必要がある。誤動作を生み出さないためだ。回路に刻まれた文字がわからないときは、「魔導文字列解析」を参考にするようにと丁寧に誘導されていた。


 「魔導文字列解析」を開き、文字列解説のページを読む。魔法陣・魔導盤共に属性、方向性、魔力量、出力時間を選ぶ必要がある。基本的には同じ文字を使用する。単機能の陣のほうがより簡便だ。属性の印、専用の用語、方向性を決める記号を記載すれば陣は動く。属性の印はどうやらよく見ると旧字体の漢字だ。草書に近いかなり崩された文字に見える。属性の印として頻繁に使用されている。教本には、この文字が充分に解析されていて、楷書みたいな書体として解りやすく丁寧に記されている。


 どうやら属性は漢字。方向性は英語。魔力量は数字。出力時間は秒単位の数字で書かれているようだ。独特な魔導記号もある。よく見るとカナだった。本に転載されている古代の術札をみるに、細かく指定するときはその後にひらがなで韻を踏んだ言霊で指定するようだ。神社の札になんとなく似ている。古代文字を書いたほうは達筆らしく、判読は文字を自分でもわかりづらい。数十代に渡って、その文字を転記していたせいか、間違った文字に転記されていることも多かった。


 この本には、解読できない項目として備考が設けられてる。パラケル爺さんによると、すべて読めなかったことを認めたうえで、後人に託す意味で設けたことが記されている。解読できるまで備考欄は使用しないほうが良いとのことだ。


「魔導文字列解析」のほうは読み終わり、 「パラケル流魔導具作成法」の続きを読む。魔導具には、出力の魔導盤の上流側にさらに盤がある。魔導回路を通して魔導盤を制御する上位の魔導盤、すなわち制御盤に繋がっている。制御盤には自身のプレートの下部に各出力先の魔導盤を記号として登録する。下流の魔導盤を制御するためだ。制御盤は、登録された各盤の記号を使用し、指令の回路図に落とし込む。これはむこうの汎用産業機械で使用していたものに似ている。回路のラダー図と呼ばれているものだろう。むこうでは、洗濯機や信号機、エレベーターに搭載されていたのを思い出す。


 制御魔導盤に割り振られた盤記号は、出力記号として回路中に振られている。モノによって記号は漢字の他、カタカナでも記載され自由のようだ。出力タイミングを決める中間制御用の仮想魔導盤記号もいくつかある。これも記号が下部に登録されている。この場所は、プログラムの変数の宣言部分に近い。これらの文字の解説も「魔導文字列解析」を参考にすればわかるとのことだ。

 

 ラダー図は制御盤の運用プログラム、回路図に違いない。むこうと違うことは、描くラダーの両端が魔導回路にて直接魔石に繋がっていて、そのまま働くことだった。パラケル爺さんは魔道盤、制御盤と中間制御用の魔導記号と文字をまとめ上げた。魔道具を作成するために体系化し「パラケル流魔導具作成法」としたようだ。


 2冊の本は魔道具という共通点はあり、どちらの本から読んでもよくわかる内容だった。両方そろっていると、それぞれを参照して読み進められるように製本されている。術札、魔法陣、魔導盤の解読をパラケル爺さんが網羅的に行い、仕事の成果として本2冊にまとめたそうだ。みるからに膨大な仕事量だ。学院での仕事に敬意を評しなければならないな。案外パラケル爺さんは偉かった人かもしれない。

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