第9話 行方*

 ***レッド父親のサルタン視点となります。ご注意ください*** 


 自分はホーミィー村の商人、サルタンという。小さい店を先代から細々と商ってきた、しがない商人だ。商店がある村は300~400程度の人口だ。村の特産品は、麦の生産と馬・羊の育成だ。売り買う商品は日用品の細々としたものが多い。いわゆる村の何でも屋というやつだ。ポーション、石鹸・布地などの日用品から、鍋や馬具などの金属製品も扱う。当然商店だけだと商売が成り立たないので、城郭都市への仲卸も行っている。


 自分の家族は、4人。妻のジーナ、息子のレッド、娘のマリンの一般的な家庭だ。自分は仕入れ担当、妻は接客を主に役割分担としている。仕入れは主に城郭都市、周辺の街や村から調達している。村の契約にて言えないが、大口の取引先もある。昔ながらの商人の伝手を利用し、売り買いも行ってきた。依頼によっては、必要な商品の仕入れで遥々王都に出向くときもある。


 家族経営の商店なので、いつもは自分一人での買い入れを行ってきた。最近、次代を育てるための実地訓練を始めた。息子のレッドが初等教育を卒業し、見習い商人となったためだ。今回は単独の往来業務だ。この国の商人の子の習慣として、初等教育を終え、十二歳になると商人見習いとして働き始める。俺が所属するベルナル商会も同じように見習い教育を行っている。登録の儀式を行った7歳のとき、息子は"商人"の職業を得た。スキルは"話術"を賜った。商人の子は商人になることが多い。親のやることを見て子供のスキルは育つ。今日の息子の仕事は、城郭都市の商人ギルドへ買い入れの練習を行う。親バカながら息子は聡明だ。今後の商店・一族の発展に期待をもって送り出そう。


 レッドは、すでに数回の買い入れ練習を自分としていた。一人での往来は今回が初めてとなる。通常の定期的な買い付け業務にすぎない。いつも通りなら、円滑に行えると思う。商人ギルド相手なので、金銭のやりとりは無い。ギルド口座を介するから手間をより省いて練習を行うのだ。ギルドに預けている金銭も相当にあるので、多額の現金を持ち運ぶことも無い。今回は城郭都市にある商人ギルドからの物品の受け取りだけだ。不測の事態に備えての、必要経費として金貨数枚で足りるとみている。魔の森の近くだが、警戒の魔導具での警戒と城郭都市の防壁のため、魔獣が出てくることは無いだろう。一匹引きの商店の荷馬車を息子に託す。


「城郭都市までは一日の行程だ。城郭都市までの道は普段通りとこの前村に訪れた商人からの報告があった。この前と同じように仕事をすれば問題は無い。自信をもって行ってこい」


「わかりました父さん。無事に勤めを果たしてきます」

 

これが最後の言葉だった。まさかこんな事になるとは夢にも思わなかった。


 息子が失踪した。息子が城郭都市に買い入れに行ってから、すでに七日は経過した。城郭都市までの行程は馬車で一日。どんなに遅く行っても二日もかからないだろう。往復すると最大四日。城郭都市とホーミィー村の間は、二日に一回くらいの間隔で商人や冒険者らが行き来していた。これらに加えて、常連の冒険者や伝手の商人に声かけをしてきた。手を尽くした一方で、音沙汰は一向になかった。妻の圧力もあり、城郭都市への連絡を村長にお願いした。金を払い、捜索の範囲を広げてもらう為だ。連絡したところ、現時点での門での通行記録は見当たらないとのことだ。


「村長。門の通行記録が無いということは、確実に行方不明だ。捜索の届けを出して欲しい」

「ああ、わかった。残念だが、届を出そうぞ。所定の通り、金貨一枚で済むだろう。領内の捜索を領主側にお願いしてみるぞ」


 貴族だけでなく平民でも生まれながらに少しの魔力がある。魔力はその人物の性質によって一人ひとり波長が違う。身分石は肌身離さず持っているとその人間の魔力に染まっていく。本人がいなくても、身分石さえあれば身元の照会が可能だ。誕生の時にわが一族では、黒曜石を与える習わしがあった。レッドも七歳で職業登録をするときに石の登録をして、領主の戸籍の登録を終えている。最悪、遺品として黒曜石くらいは確保したいものだ。そんなことを誤って言葉にしたら、ジーナとマリンに怒られてしまう。


 それからしばらくの間、商店と家の中はきつかった。日が経過するに従い、さらに妻と娘は落ち込み始めた。お客さんからも慰めの言葉をもらい、近所からは同情された。自分も経過と進捗を村長に何度も確認したが、進展は見られない。"どうして一人で行かせたのよ!"と妻と娘からの日々のなじりは非常に堪えた。


 息子が行方不明になってから、一か月が経過した。家長として気持ちを高め、心が復帰し始めた。妻と娘も少しずつ上向いてきた。

「ここにいたか!サルタン。ジーナ。マリンも。レッドが見つかったぞ」

「よかった・・・」

「あなた、奇跡よ。一か月も経過して無事なのは奇跡に違いないわ」

 サーカエ村長が商店に一報を伝えてきた。捜索届と外見の一致はした。持参した身分石も本人と証明している。五体満足にてベンベルク南門にて保護したとのことだ。

自分は立つ力も無くして椅子に腰かける。妻と娘は喜びながら涙を流していた。

「ははは・・・気が抜けて立ち上がれないよ」

「サルタンしっかりして。ほら。早く」

「ジーナ・・そうだね。家長とてしっかりしないと。サーカエ村長、連絡ありがとうございます。どうにか準備して行かなければ」

ジーナに助けられてようやく言葉として紡ぎだす。

「まあ待て。保護はされたとしても、往来に心配は残る。通信にて護衛をお願いしても問題ないだろう。聞けば留置場にて保護されているから、護衛を待ってから出発するがよい」

 その後の連絡のため、村長は自宅に帰っていった。


「にーには帰ってくる?」

「マリン。そうだレッドは無事だ。明後日には家に帰ってくるぞ」

「にーには大丈夫なの?」

「ああ、怪我もなく、自力で城郭都市に行ったそうだ」

「マリンも向こうで会える?」

「駄目だ。まだ往来には注意したほうがよいからな。マリンは母さんとこっちで待ってなさい」

「じゃあ、マリンはママと一緒にご飯作って待ってる」

「そうしてくれ。レッドの好きな物を作って歓迎しよう」

 家の中は落ち着き、しばらくしてから村長に面会しに行った。手配は済み、護衛の料金は村長が立て替えてくれるという。これも村の存続にかかわることだから、と。次の日の朝に護衛の冒険者は来るという。自宅に戻り急いで準備を始めた。


 来訪した冒険者と共に荷馬車で城郭都市に急ぐ。今日は荷物が無いので、速度は出せた。門での入場を済ませ、留置場に行く。


「父さんすみません。馬も荷馬車も失ってしまいました」

「命だけでも助かっただけよかった。しばらく休みなさい」


 留置場にいくと面会した息子は人が変わったようだった。服は同じだが、かなり痩せている。顔つきや表情も硬い。寝不足のようで、目には隈があった。事情聴取によると、城郭都市へ向かう途中に人攫いにあった。他のところに売られるところで逃げたしてきたと聞いた。野盗により一か月に渡って、監禁が続いた。その後移動中にトラブルがあって、奴隷商人から逃げてきたという。

 城郭都市と村の往復は息子と行っていた。レッドは奴隷商人の馬車にて移動中に、場所がわからなくなったらしい。行城郭都市へ行ってしまったのは息子らしくない。兵士の報告によると頭を打った痕跡があったらしい。記憶が混乱したのも影響があるかもしれない。今までの息子では考えらないことだ。12歳という年齢もあり動転していたのだろう。あとは時間が解決してくれると思いたい。しばらくすれば聡明な息子が戻ってくるだろう。息子にとっては非常に緊張を強いられた経験だったようだ。まずは五体満足にて帰還したことを家族と祝おう。


 詰所と門番兵士、役所の役人にレッドと訪問し、お礼の挨拶を言う。挨拶をしているときは普段通りのレッドの愛想を発揮していた。疲れたのだろう。レッドは迎えの荷馬車に乗った途端に寝入ってしまった。冒険者の紹介もしたのだが上の空だった。よほど疲れていたのだろうから、と周りからフォローが入る。あわてて荷馬車にて休むよう指示を出した。

 ほとんどの時間、安心したのか息子は眠り続けた。帰宅するとさらに眠りに入っていた。そんな息子に安堵した自分がいる。


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