フォール&ライズ-地獄と天国って同時に味わえるのだな-

ヘルハウンド

第1話

 エラー音が、響き続けている。

 左腕は既にない。切れ目からは血にも似た循環液が流れ続け、自分の体力を奪っていく。更には人工筋肉のチューブがぶらりと垂れ下がっていた。


 右手にはレーザーカノンを持っているが、それのエネルギーもほぼ尽きかけている。せいぜい、撃ててあと一発が関の山。それも、自分のエネルギーを糧に撃つため、命を犠牲にして撃つ。

 雨が降り注ぎ、その雨に循環液が交じる。


 イータ・シックスは物陰に隠れながら、荒く息を吸っては吐いた。

 アンドロイドである自分に、恐怖心はない。だが、何故それなら、自分はこうも敵から逃げ回っているのだろう。


 転ぶ。水たまりに、自分の顔が写った。

 緑の髪にも似た放熱フィンはいくつかショートを起こし、ゴールドの眼球にも似たカメラは、片方ヒビが入っている。

 道理で見えにくいわけだと、イータはため息を吐いた。


 同時に、自分をなんで人間の女性に似せた格好にしたのだろうと、こんな時なのにイータはふと思った。


 味方と通信を試みる。

 途絶。響き渡るのはノイズだけ。

 周囲をスキャンする。味方IMF、すべてロスト。


 最後の手段として人工衛星スキャン。周囲のマップを人工衛星を使って、網膜に投射させた。

 基地は、壊滅していた。増援も敗走した。

 つまり周囲にいるのは自分唯一人。完全に孤立しているし、脱出出来る見込みはない。


 振動が鳴り響いたのは、その直後だ。

 機械の音。それもバカでかい音だ。


 スキャン。周囲に敵影。それも主力。

 数は、三〇体以上。


「これは、あの世とやらに行くチャンスか」


 そう思ったら、ふと自分がニヤけていることに、イータは気づいた。


 死んだらこの地獄から抜け出せる。そして、今度こそアンドロイドではなく、人間になろう。


 そう思って、そのまま立ち上がり、大通りに出た。

 瞬間、接敵。全高一〇.六m、全長一四mを誇る、完全無人のAI式六脚歩行戦車『タカアシガニ』だ。


「ああ、そうかい。あんたが私最後の相手か!」


 そう叫んだ瞬間、タカアシガニの先端にあるカメラが自分を捉え、周囲のユニットを展開して、ガトリングガンを一斉に放ってきた。

 空薬莢の落ちる金属音と、ガトリングのモーター音、そして銃声が、一気にイータの鼓膜のようなセンサーに響いてきた。


 だが、そんなの知ったことではない。

 コアユニットさえ壊せば、タカアシガニは止まるのだ。

 場所は、背部放熱ユニットの中心部。


「こんのおおおおお!」


 叫んで、タカアシガニの脚部フレームに自身の足を引っ掛けながら、飛んだ。

 上部に辿り着いた瞬間、自分の脚が片方もげた。


 だが、距離は十分。片足とへし折れた脚で、飛んだ。

 レーザーカノンをチャージする。エラー音がより大きくなった。


 視界がレッドアウトしていき、ノイズが多く紛れ始める。

 だが、知るかと思った。


 眼の前に、コアユニットがあるのだから。


「あの世に、お前も道連れだ」


 そう言って、トリガーを引いた。

 光軸がコアユニットを貫いた瞬間、タカアシガニは、動きを止めた。轟音を立てて、タカアシガニが地に伏した。

 そして、イータもまた、AIがショートしていく感覚を感じていた。


 ああ、これが、死か。


 そう思った後、わずかに動く手で、タカアシガニの焼け焦げたコアユニットに、中指をおっ立てた。

 ノイズだらけの視界でも、それだけは、ハッキリ見えた気がした。


「ざまぁ……みろ」


 直後、鐘の音が響いた。

 ああ、よく知っている音だと感じた。




 ガバッと、ベッドから起き上がった。

 鐘の音が聞こえる。

 ということは、敵襲が近い。


「タカアシガニか?!」


 そう自分が言った直後、テントの中で起き上がった『仲間の傭兵』は、みんな怪訝な顔をしていた。


「だからタカアシガニってなんだよ、『シルフィー』? お前またあの夢見たのか?」

「ま、そんなとこだな」


 そう言って、シルフィーは自分で自分の頭をこつんと叩いた。

 この世界に来て、三年が経った。


 イータと呼ばれたアンドロイドである自分はシルフィーという名前の人間となっていた。しかし、三年と言われてももう成人の女性なので、身元不明のいつの間にか存在していた人間、という扱いに周囲からはなっている。

 この世界で夢だった普通の生活を謳歌する、はずだった。


 が、今着込むのは甲冑。もっとも、比較的軽量だ。

 それを鏡を見ながら着込むと同時に、自分の顔を見る。


 緑の髪に、金色の目をした、夢と寸分も見た目は違わない、女性の傭兵がそこにいた。


 仲間の魔術師であるリオが、テント中の仲間に魔法をかける。速さの強化と、より鎧を強固にする魔法だ。


「いつもすまないな」

「剣がろくに使えない私だから、これくらいはしないとな。それに、魔術師は後方支援専門だ。その私が後方支援をしないでどうするのだ」


 リオの言葉に、シルフィーは苦笑した。

 リオは仲間の中でも特に重要な縁の下の力持ちだ。どこからかでかい仕事を見つけてくるし、どこからか資金も見つける。そのくせに財産管理はしっかりやる。

 その上魔法についても常に研鑽を重ねているのもよく知っている。


 しかし、何故かこのちょび髭を生やした三〇代前後の男からたまに妙な気品が漂うことがあるのだけはわからない。


 今やっている任務は、それこそ桁外れにでかい任務だ。

 この世界に溢れかえっているモンスターの元凶である魔王を討伐するため、勇者一行が魔王城に入る。

 勇者一行は少数精鋭だ。リオも昔はその勇者一行と旅をしたことがあったが、故あって抜けたらしい。


 それに対する揺動として、大規模な軍勢を魔王城の周囲に配置したのだ。それの中の一翼として、自分たちのような傭兵があてがわれた。


 魔術をかけてもらったら、身体が軽くなったのを感じた。身の丈ほどの剣を持って、テントの外に出る。

 剣を持つたびに思う。銃があればな、と。

 時々、どうしてもトリガーガードに手をかけていた癖なのか、右手の人差し指を立ててしまう時がある。

 もっとも、すぐに『ああ、これは剣だ』と思い直して、しっかりと握るのだが。


 モンスターの群れが、こちらに向かっていた。

 モンスター討伐のための傭兵。それが今の自分。


 いわゆる、異世界転生、という奴らしい。

 それで違う世界へ行って、しかも夢だった人間にもなったのに、なんでまだ戦ってるんだとシルフィーは心底思う。

 やはり神なんていないと、思うには十分だった。


 しかも、たちが悪いことが一つある。

 この陣地の奥の方に、フィル公爵という、この国の重臣がいるのだ。

 これが指揮するというのだが、腕前の程はさっぱりわからない。


 しかしこの作戦自体が政治対立しているのに武勲を立てまくるライズ公爵への当てつけという話もあるから、きっとろくなことにならないと、なんとなく思ってしまった。

 しかもライズ公爵は危険だと反対していたのに、勇者一行が無駄に自信を出してしまって余計に事態がこじれたという。


「行くぞ」


 シルフィーは、隊長の言葉とともに駆けていった。

 飛び跳ねて、剣をふるい、モンスターの返り血を浴びながら、ただひたすらに突き進む。


 前世と違うのは、銃がないことと、アンドロイドよりある意味身体がもろくなったことだけだ。


 そして、どれほど経っただろうか。

 肩で、シルフィーは息をしていた。

 周囲はモンスターと友軍の屍だらけ。残っているのは浅傷を複数負った自分と同じように浅傷を負っているリオだけだ。


 なんでも勇者一行は魔王軍に討伐されたらしい。それが本当だとわかるのは魔王が討伐されれば消滅するはずのモンスターがい続けているというこの現実だ。

 完全に、自分たちは周囲を取り囲まれている。


「どうやら残ったのは私達だけのようだ」


 リオは、普段と変わらず冷静だ。

 その言葉で、何故か自分まで冷静になったと、シルフィーは感じた。


「さて、どうする?」

「私は、どうやらまた死ぬらしい」

「シルフィー、レディは諦めが悪くないと可愛くない」

「リオ、お前な」

「まぁいいさ。シルフィー、例え話をしよう。君一人でこの状況なら?」

「敵を道連れに吶喊する」

「私と二人なら?」

「なんとかできる方法を考える。私は死ぬかもしれないが」

「もし私のリオという名前は幼名で本当はライズと言う君に少し恋をしているものだとしたら?」


 少し、吹き出した。

 急に何を言い出すんだと思って、死ぬことを考えるのが馬鹿らしくなってきた。


 それに、妙に例え話が具体的なのも、少し面白かった。

 なんか、死ぬのは面倒だと、シルフィーはふと思った。


「なら、生き残る道探るか、リオ」

「その意気だな、シルフィー。諦めの悪いレディはやはり素敵だな」


 それから、敵を斬っては駆けて、駆けて、駆け続けた。

 どれだけ二人で駆けたかは分からない。

 ただ、いつの間にか王都の病室で目が覚めたのは覚えている。


 王都は絶望感に飲まれていた。

 それもそうだ、勇者一行は全滅し、生き残った軍勢はわずか。それもほとんどが手負い。


 フィル公爵はというと、我先にと逃げたようで、言い訳をしまくった末に王の怒りを買ってその場で斬首。


 シルフィーはというと、傷こそ負ったが、それほど深くなく、すぐに退院させられた。


 しかし、病院にリオはいなかった。

 リオも死んだのかと、そう思うしかなかった。


 何故、誰もかれも、私一人になるような状況にしてしまうのか。

 自分の生きざまには、地獄以外にないのか。前世と同じ道を歩めというのか。そう感じて、やけ酒をかっくらおうと思い、バーの扉に手をかけた時だった。


「失礼。シルフィー嬢でありますか?」


 衛兵の一人が、シルフィーに声を掛けた。


「そうだよ。負け犬のシルフィーだ。それが?」

「至急に、ライズ公爵が貴女にお会いしたいと」


 ライズ公爵と言えば、今回の出兵に最後まで反対していた重臣だ。

 その重臣が今更何を言うのかと、少し軽蔑した。


「お断りだね。私は怪我がまだ治ってない。そう言ってくれ」


 すると、衛兵がため息を吐く。


「タカアシガニのトラウマ、まだ染み付いてるのかい? 諦めの悪いレディの方が、私は美しいと、そう言っただろう」


 どくんと、心臓が鳴る音を初めて聞いた気がした。


「何故、その名前を……?!」


 衛兵を見ていた。

 衛兵は自身の喉を触れると、魔法の反応が感じられた。


「そのトラウマ、払拭しないか? 私とともに」


 よく知っている声がした。先程の衛兵の声とは、全く違う声色。

 魔法で声色を変えていた、ということだろう。


「リオ……!? あんた今までどこに!? というかヒゲどうした!?」


 顔を見ると、確かにリオだった。

 だが、あのちょび髭はなくなっている。


「あのヒゲは身分偽装のための付け髭だ。今までは重臣と王に呼ばれての今後の対策会議に駆り出されていた。すまないな、一度も面会してやることができなかった」

「ま、まさか脱出の時に言ったことって……?!」

「そうだ。私の本当の名はライズだ。意外に知られていなかったのだな」

「ライズ……公爵……?! い、今まで無礼をいたしました!」


 思わず、敬礼してしまった。

 前世の癖が出たことを、シルフィーは少し意外に感じていた。


「今更かしこまらなくていいよ、シルフィー。いや、『転生者』、と呼んだ方がいいかな?」

「転生者……?」

「この世界にはね、何度か前世の記憶をそのまま持って生まれてくる者がいる。貴女の言っているタカアシガニ、剣を握る時にごくたまに動く人差し指、そして先程の体の動き、多分、さっきのは目上の人とかへの挨拶だとは思うが、そういったものが自然と出るということは、貴女は前世の記憶を持っている。故に転生者と、私は感じているのだ」


 そこまでバレているとは思わなかった。

 想像以上にこの男は見抜いている。後方支援というのは伊達ではない、ということだろう。


「しかし、何故公爵という身分を持ってるのに戦場に?」

「直に見ないとわからないものさ。何が本物で、何が嘘か。私はあの勇者一行が蛮勇にどこか溺れているようにも見えた。それで調べたよ。ものの見事にこの世界の癖しか動作に出てこなかった。だからこそ、私は反対したのだ。転生者の加護のないニセ勇者を突っ込ませるためだけに軍勢を大量動員する必要はない、とね」

「それが正しかったってわけだ。しかし加護というのは?」

「転生者を中心に加護は起こる。その転生者を大事に思う者は戦いでは死なない、という加護だ」

「大事に、思うもの……」

「故に私は死ななかった。そう感じている。一方的な思い込みかもしれない。だが、この国には、いや、この世界には再び希望が必要だ。勇者は不滅で、魔王を討伐できるという、大きな希望が。それを実現できるのは、貴女だと思う。だからこそ、私と共に、私の伴侶として、勇者となってはくれないか」


 そう言ってリオは、指輪をシルフィーの左手の薬指にはめた。

 異常な程の魔力も感じる。


 力が湧いてくる。それが、十分に実感できた。

 そして、大事に思う者が、目の前にいる。

 それを守るためにも、私は勇者となろう。

 そう、シルフィーが感じるには十分だった。


「リオ……。貴方も、諦めが悪いな。いいな、気に入った。伴侶だろうが勇者だろうが、何にだってなってやる!」


 そう言って、シルフィーは高らかに、左手を平手にして、太陽へ掲げた。

 指輪が、光り輝いていた。


 きれいだと感じると同時に、天国も地獄も両立するものだと、どこかで感じた。

 まだ戦いという地獄から離れる人生を送ることはできないが、そう遠くない未来にそれから脱却できる天国を二人でできそうな、そんな気がした。


 このシルフィーとリオという偽名を使う魔術師、その二人が多くの大切な仲間と出会い、転生者の加護の下、後に魔王を討伐するに至る物語は、こうして始まった。

 この先に待ち受ける運命を、二人はまだ知る由もない。




(了)

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