第27話 ポジティブ解釈が過ぎるよ

 一体、どうやって?


 複製の魔法はある。あるけれど、これほど精度は高くない。一見した外観が似たものは作れても、中身は出来が甘くなる。

 だからこその複製レプリカだ。


 だけれど、そうか。本のレプリカを作るわけではなく、たとえば同じ本を用意して、それに「書き込み」の複製を1つずつ行えば、あるいは。


 しかし、そんな途方もない手間をかけて得られるものは何なのか。

 歴史的に価値のある遺物や芸術品ならともかく、私の書き込みがあるだけの、ただのありふれた魔導書なのに。


 ……そこまで考えて、酔っぱらって管を巻くノアの姿が頭を過ぎった。


 うん。やりかねない。

 何のためとか、私には理解の及ばない世界で――私の幻想を胸に、彼は生きているのだ。


「ほら、ここ、名前の最後の一画を書く時にきゅっと上に引き延ばしてあるだろ」


 ノアが珍しくうきうきした様子で、表紙の裏に書いてある私の名前を指さした。


 大人になってからだって、決して字が上手かったわけではないけれど――何しろ子どもの頃の文字だ。

 歪んでいて不格好で、そんなににこにこして示されるとどうにも居心地が悪い。


「いつも上昇志向を忘れない先生らしくて素敵だ」


 そんなところに上昇志向は現れないよ。

 ポジティブ解釈が過ぎるよ。その字から「下手」と名前以外の情報を読み取るのは君だけだよ。


 うっとりと魔導書を眺めるノア。彼を放置して、本棚の前に向かった。


 魔法に関する本がぎっしりと、所狭しと詰め込まれている。物が少ないこの家の中で、彼の部屋のこの本棚は、異質な存在だった。


 その片隅にぽっかりと、空いているスペースを発見する。

 周りの本のタイトルは、加護に関する本、そして魔法事故の歴史に関する提言書、そして、禁術に関する事件を扱った、ゴシップまがいの告発本。


 ……どんな本がそこにあって、そして何故、今はそこにないのか。

 それが何となく、推測できてしまった。


 きっと、私の死んだ事故について、彼は調べたのだろう。


 人間には加護というものが存在する。魔法使いでも、そうじゃなくても。人が生まれながらにして持っているものだ。

 そしてそれがある限り――自分で使った魔法で、死ぬことはない。

 それがあるからこそ、魔法使いは危険を恐れずに魔法を発動できる。そういうものだ。


 ノアが自暴自棄になりはしても、カメムシだのここで朽ちるだの言っても、自傷に至らなかったのはそのためだ。

 魔法では自分自身を傷つけられない。加護と言うのはそう言うものだ。


 私の知る限り、ここ百年来で自分が使った魔法で死んだ人間はいない。……私以外は。

 そんなことで記録にも記憶にも残りたくないけれども。


 だから、ノアは疑問に思ったのだろう。何故私が、自分の魔法の暴発で死んだのか。

 きっと彼はそれを調べるうちに行きついたのだ。


 私に、加護がなかったことに。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る