第28話 魔法を愛していた、私が言うのだから
この国で主流となっている魔術には、魔法陣を用いるいわゆる「魔法」と、魔法薬学に基づいて作られた「魔法薬」がある。
例えば病気を治したり、人体の内部構造に関わるものには、魔法薬が用いられるのが原則だ。
それは人間に加護が存在し、下手な魔法では加護で弾かれたり、望んだような効果が得られなかったりするからだ。
魔素と加護が複雑な体組織に組み込まれていることが原因だというのが通説だけれど、それを裏付ける論文や根拠は発表されていない。
人体にアプローチするには、加護をかいくぐって体内に取り込みやすい形で生成された魔法薬が効果的だとされている。
魔法薬自体の有用性は先行研究で十分に証明されているので、魔法陣を用いた人体の内部構造へのアプローチには必要性が乏しく、調査・検証が及んでいないのが実情だった。
だからこそ――禁術である、蘇生術は成功例がないのだと。人体という複雑で、現代であっても解明しきれない魔術と加護の複雑に絡み合った、まさに神の御業とよばれるようなそれを、再現しきれないのだと。
それが、通説だった。
だが、彼は知ってしまった。
私に加護がないことを。
それはつまり、禁術である死者の蘇生に関する大きなハードルが一つ、取り除かれたことを意味している。
ぽっかりと空いた本棚。ここにはきっと、蘇生術に関する本が収められていたのだろう。
そして彼は謹慎処分となり、蘇生術についての文献は証拠品として押収された。二度と、戻ってくることはない。
……まぁ、これまでの彼の言動を鑑みると、たとえそのハードルが残っていてもなお、蘇生術に挑んだような気はしているけれども。
少なくともそれに手を出しやすい環境を作ってしまったのは、私の落ち度だろう。
何故私に加護がなかったかといえば、興味本位で禁術の呪術に手を出して自分で引っぺがしてしまったからという完全に自業自得の理由だし。
だって加護がなくなったらどうなるのか気になったから。検証の結果、ほぼメリットはないということが分かっただけだったけど。
いや、ないというか、得られるメリットとデメリットのトレードオフで、剥がさない方が良いという結論に至ったというか。
我ながら好き勝手に生きていたなと思う。前世の私の方が謹慎させられるべきだったのかもしれない。
対象が自分自身だったので大目玉で済んだものの、当時の魔法管理局の知り合いにも散々怒られたし。
他の本に目を向ける。本棚にびっしりと並んだ本。
眺めると、それが体系づけられて分類されていることがよく分かる。
どれも内容をきちんと理解していなければこの順にはならない。
魔法理論に関する一冊抜き出してみると、それは私があげた魔導書同様、よく読み込まれており、几帳面な彼の文字で余白にたっぷりと書き込みがされている。
彼は確かに、私に並々ならない感情を向けている。
でもそれだけで――これだけ魔法のことを、理解できるとは思えない。研究できるとは思えない。
きっと彼も、魔法が好きだったはずだ。
魔法を楽しいと、そう思っていたはずだ。
少なくとも興味がなければ、ここまで極めることはできない。
私が言うのだから、間違いない。
先代の大魔導士で――魔法を愛していた、私が言うのだから、間違いない。
その彼から、魔法に対する興味を奪ってしまった。
彼から魔法を奪ってしまった。
彼に魔法を教える立場だった、私が。
単に自爆で死んだと、それだけのつもりだった。
自業自得で、部屋はめちゃくちゃになってしまったけれど、まぁそんな程度で、他の誰に迷惑をかけたわけでもないと。
だけれどそれは、私が勝手に思っていただけで。
私のほんの思い付きが、彼に影響を与えてしまった。
魔法の才能と、私を上回るほどの魔力量を持ち――私の次の大魔導士として、順風満帆な人生を送り、魔法界に多大な発展をもたらしたはずの、彼に。
今更ながらに、その重みが私にのしかかる。
神託の意味を、改めて受け止めた。
私のせいで、謹慎処分を受け、魔法への興味も失ってしまったノア。
少しでも、元の――私の教え子だった頃の彼に、戻してやりたい。
他の誰でもない、私がそれをするべきだと。それこそが神の、思し召しというやつなのだろう。
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