第26話 彼は、大事に持っていてくれたのか。
「旦那さま! 今日は鬼ごっこをしましょう!」
「冗談だろ……」
「旦那さま! 一緒に朝ご飯を作りましょう!」
「パンでも齧ってなよ……」
「旦那さま!!」
「……嘘だろ」
いつものようにノアを起こすために部屋に侵入した。
最近はきちんとベッドで寝ている。これは良い傾向だと思う。
……疲れ果ててたまたまベッドに倒れ込んでいるだけの気もするけれども。
今日はシーツや毛布を干そうと思っていたので、両手に布団たたきを持っている。
それでべしべしベッドのノアを叩いていると、彼は顔を顰めて起き上がる。
「どうやって開けたの」
「解錠しました」
「ちゃんと魔法で封鎖したのに」
ノアが苦々しげに言う。
確かに今日、ノアの部屋のドアには鍵がかかっていた。通常の内鍵では私が魔法で解錠してしまうからか、魔法によるロックを掛けたようだ。
無論6歳児相手を前提としたもので、魔法で解錠することもできたのだけれど……それをやるといよいよバレるかもしれない。
さすがに「がちゃがちゃやっていたら開きました」は通用しないだろう。
そこで私は発想を転換した。ドアがダメなら、窓はどうだ、と。
家を一度出て窓に回ってみれば、案の定窓には通常の物理錠しか掛けられていなかった。
地面に解錠の魔法陣と浮遊の魔法陣を描いて、窓を開けて侵入した。平屋なので、庭の木箱を使えば子どもでもなんとかよじ登れる程度の高さだ。いくらでも言い訳できるだろう。
念のため布団たたきで魔法陣を消して、証拠隠滅も抜かりない。
にこにこ笑う私と、背後で開きっぱなしの窓を見て、ノアが片手で目を覆って天を仰いだ。
私がどこから来たか、彼にも分かったらしい。
「子ども、怖……」
ノアがぼそりと呟く。
確かに子どもと言うのは、大人には思いもよらないことをするものだ。
だけれど、安心してほしい。私は中身は彼よりも年上の、立派な大人である。きちんと分別があるので、それほどおかしなことはしないつもりだ。
ノアはベッドの上で胡坐をかくと、首をこきこきと曲げて音を立てながら、ため息をついた。
「もう毎日引っ張りまわされて疲れたよ。今日は家から出たくない」
そうは言われても、彼を引きこもりから脱却させて更生させるのが目的なのだ。
家に閉じこもらずぜひ外に出てほしい。
負けずにじっと彼の顔を見ていると、やっとノアがベッドから立ち上がった。
しかし部屋のドアから出ていくことはせず、本棚から何冊か本を取り出しただけで、ベッドに戻ってきてしまう。
そして自分の隣を手でとんとんと叩いて、私にそこに座るように促した。
「ほら。君、魔法好きなんだろ。子ども用の本はないけど、この辺なら読めるんじゃないか」
魔法、の言葉に引き寄せられるように、ベッドによじ登る。
彼から手渡されたのは、さほど厚くない本だ。
その表紙を見て、あれっと気づく。この本、見覚えがある。
「昔、先生がくれた初心者向けの魔導書」
ノアの言葉に、目を瞬く。
記憶を確かめるように、表紙を手で撫でた。開くと、表紙の裏側に私の――グレイスの名前が、拙い字で書かれていた。
そうだ。これは私が子どもの頃に使っていたのを、ノアにあげたのだ。内容が初歩的過ぎて、魔法学園に上がるころには使わなくなっていた。
けれど、内容は確かだからと。そんな話をしたのを思い出した。
ぺらぺらとページをめくる。
そうそう、ランタンを浮かせるときに使っていた浮遊の魔法も、もとはここに載っていたのだっけ。
どのページも擦り切れていて、特に私が書き込みをして彼に説明をしたページなどは、何度も開いたのだろう、癖がついていた。
色褪せたインクに、胸がじんわりと熱くなるのを感じる。
そうか。彼は、大事に持っていてくれたのか。
「……のレプリカ」
「レプリカ!?」
「本物はこっちで密閉保存してある。こっちは観賞用」
「観賞用!?」
手の中にある魔導書に目を落とす。
表紙だって、名前だって、書き込みだって、まるきり私の字だ。
これが、レプリカ?
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