第25話 恋というのはこういうときにズガンと
嫌な気持ちになっていやしないかとお嬢さんたちの様子を窺うと、お嬢さんも侍女も、どこかぽーっとした顔でノアを見つめていた。
頬が赤いし、目つきもとろんとしている。
はっと思い出した。そうだ。ノアは顔は整っている、らしいのだ。
そういった方面に疎い私の何となくの感覚だけではなく、ジェイドも言っていたのだから間違いないはず。
きっと彼女たちも、ノアの噂を聞いて一目見たいと思ってついてきたのだろう。
これはチャンスだ。お嬢さんたちはまんざらでもないようだし、恋というのはこういうときにズガンと始まったりするのかもしれない。
「あの、わたくしたち、お兄様の狩猟についてきて、迷ってしまって」
「よろしければ、どこか人通りの多いところまでご案内いただけないかしら」
「何で僕が、ッ!?」
ノアの足を踏んづけた。
しょせん子どもの重量なのでそれほど痛くはないはずだけれど、驚いたノアが言葉を切った。
その隙をついてノアの背後に回り込んで、その背を――高さ的にほぼ尻だけど――をぐいぐいと押す。
「旦那さま、こういう出会いを偶然と書いて運命と読むのです」
「何? どこでそんな変なこと覚えて」
「迷子になったらかわいそうです、どこかまで送ってあげてください!」
「はぁ!?」
「まぁ! 助かります!!」
にこにこと嬉しそうに笑うお嬢さんたち。
ノアが振り返って私を見下ろす。私はノアに向かって親指をぐっと立てて見せた。
彼はしばらくじとっとした湿度の高い目で私を見ていたが、やがてやれやれとため息をついた。
「どこ」
「え?」
「家」
「ええと、湖のほとりの、」
「ああ、あそこ」
ノアがその辺に落ちていた木の棒を持って、がりがりと地面に魔法陣を描く。
なるほど、魔法を使って送ってあげるのか。大魔導士である彼の魅力を遺憾なく発揮できる方法で、これはよいアピールになるのではないだろうか。
「この円の中に入って」
「え?」
ノアが地面に描いた円を指で指し示す。
お嬢さんと侍女たちが、恐る恐るといった様子で円の中へと入る。5人全員が円の中へ入ったのを確認すると、ノアが地面に描いた魔法陣に足を載せた。
「《転移》」
「え」
ノアの発動の言葉とともに、お嬢さんたちの姿が消えた。
が、ノアは魔法陣に足を載せて、その場に突っ立ったままだった。思わず誰もいない円の中と、ノアの顔とを見比べてしまう。
何故、そんなところに突っ立っているのか。
「つ、ついていかないんですか!?」
「何で」
「術者が一緒にいないと危険です! ばらばらになっちゃうかもしれませんよ!?」
「よっぽど暴れない限り大丈夫だよ」
ノアが素知らぬ顔をして肩を竦める。
転移の魔法は難易度は中程度の割に汎用性が高いけれど、転移には術者が付き添うのが前提である。
術者不在では転移中に亜空間で放り出される危険があるので、基本的には手を繋いだりロープで互いの身体を結ぶなどして、はぐれないようにするのだ。
慣れた魔法使いでも、亜空間で移動者がじっとしているかは保証できない。だからこそ安全策を講じるのが一般的なのだけれど……
ノアが描いた魔法陣を見る。転移の呪文の他に、通常であればここには記載しないだろう呪文らしき箇所を発見した。
「旦那さま、ここが地名ですよね」
「……そうだけど」
「なるほど、安定性を保つために《水平》と《拘束》が入っているんですね」
「そう。その代わりに速度を落として魔力消費をある程度……」
私と一緒になって魔法陣を覗き込んでいたノアが、言葉を切った。そして私の顔をじとりと睨む。
「……子どもにはまだ早いよ」
「え」
「走られても追いかけるの大変なのに、転移されたら手に負えない」
ノアが足先で土を蹴って、魔法陣を消した。
せっかく興味深い組み合わせだったのに。転移と言えばいかに速度を上げるか、もしくは距離を伸ばすかに目が行きがちだが、近距離だからこそできる使い方もあるわけか。
拘束は少しばかり、使う相手と時間を選ぶ気がするけれど。
やっぱりノアは、魔法使いに向いている。
家へと戻るノアの背を追いかけながら、改めてノアの優秀さに感心した。
このまま――魔法から離れたままでいるなんて、もったいない。
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