第24話 出会っていきなりズドン

 ぽかんとしてそのボールを見送っていると、ノアが小さく息をついて、肩を竦める。


「はい、僕の負け」

「え?」

「もうおしまい。これでいいよね?」


 ノアがくるりと私に背を向けて、家に戻ろうとする。

 しまった。何かがノアのやる気をそいでしまったらしい。慌ててノアの背中に呼びかける。


「拾ってきますから! もう一回やりましょう!」

「え、ちょっと」


 言うが早いか駆け出し、がさがさと森の中に分け入っていく。ノアの制止の声が聞こえた気がするが、無視した。

 まだ全然情報が得られていないし、たいした運動にもなっていない。これで終わりにするわけには。


「きゃ!」


 ボールが飛んで行った方向の茂みをかき分けると、人の声が頭上から降ってきた。


「こ、子ども?」


 戸惑うような声に顔を上げると、5人の女性が怯えたような顔で私を見つめていた。

 貴族のお嬢さん2人と、その侍女3人といったところか。侍女らしい女性の一人は、手にボールを持っていた。見つかってラッキーだ。


 立ち上がって、スカートについた草をぱんぱんと払う。


「どうしてこんなところに」

「ほら、あそこじゃない? 森の奥の、大魔導士様」

「ああ、謹慎中の」


 お嬢さんたちがひそひそと話しているのが聞こえてきた。このあたりに住んでいる人たちには、ノアのことは知れ渡っているらしい。

 それはそうか。当代の大魔導士で、その上謹慎中で、しかも神託で結婚したばかり。噂好きの人間がいればよいネタになりそうだ。


 とりあえず、ここでノアの印象を悪くするのは得策ではない。怪しい人間ではないですよと示すために、にこにこ微笑んでおく。

 子どもの笑顔に騙され――もとい、ほだされたのか、お嬢さんの一人が私に近寄ってきた。


「ね、ねえ、あなた。これから大魔導士様のところに行くの?」

「? はい」

「ついていってもいいかしら?」


 お嬢さんの言葉に、目を瞬かせる。

 ついてきて、どうするのだろう。パイはもう食べてしまったので、特におかまいはできないけれども。

 ノアに頼んだらお茶くらい淹れてくれるだろうか。


 そこで気が付いた。

 こちらのお嬢さんたちは、どちらも年頃だ。

 どちらも髪が長くて華奢で可愛らしい感じだし、男性というのはそういう女性を好むと聞く。

 恋愛のメカニズムには明るくないけれど、一目惚れと言う言葉もあるくらいだ。出会っていきなりズドンと恋に落ちることだってあるのでは。


 頷いて、お嬢さんたちを先導して歩く。走ってきたとは言っても、子どもの足だ。さほど経たないうちに家が見えてきた。


 庭でノアが突っ立っているのが見えた。

 ぼーっとしているように見えるけれど、ぱたぱたと右足のつま先がせわしなく動いている。家に戻らずにいるあたり、私が戻るのを待っていたのだろう。


「旦那さま!」


 私が庭に駆け戻ると、ノアがこちらを見て小さく息をついた。

 そして何か小言でも言おうとしたのか口を開いたところで、私の背後から現れた女の子の一団に目を留める。

 見る見るうちにノアの眉間に皺が寄っていく。そして吐き捨てるように言った。


「誰、あれ」

「ボールを拾ってくれました」


 私が手に持ったボールを見せる。

 後ろにいたお嬢さんと侍女が礼をした。その様子を一瞥して、ノアが挨拶にしては少々ぶっきらぼうな調子で応じる。


「ドーモ」


 これは初対面の人に対してどうなんだろう。私がアイシャとして教わった貴族の挨拶とは程遠い応対だった。

 ノアも貴族の出身のはずで、挨拶の作法くらいは教わっているはずでは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る