第15話 別に浄化でいいですとは言えない雰囲気
ジェイドがノアに対して女の子にとってバスタイムがいかに重要かというのをこんこんと語って聞かせるのを、すごいものだと思って眺めていた。
だんだん前世の私までまとめてお説教されている気分になる。
確かにあたたかいお湯を浴びるのは心地いい。いい匂いの石鹸なんかも好きだ。
けれどもそれはジェイドの言うように必要不可欠なものではなく、あったらいいなと言う程度のもので、忙しいときにはまっさきに切り捨てていたもので。
なんなら浄化の魔法だけで済ますことが多かったわけで。
あの、そんなに怒らなくていいんじゃないかな。
最終的にはノアの首根っこをバスルームまで引っ張っていって、私のためにシャワーを作動させて湯加減まで調整してくれた。
シャンプーやら何やらの説明をひとしきりして、ジェイドが腰を屈めて私の顔を覗き込む。
「一人で出来そう?」
こくこくと頷く。別に浄化でいいですとは言えない雰囲気だった。
ジェイドは心配そうにしていたが、最後は何かあったら声をかけるようにと言い残して脱衣所を後にした。
彼の心配は理解できる。アイシャは実家では一人でお風呂に入ることはなかった。いつも侍女が手伝ってくれていたからだ。
しかし、前世の私はもちろん一人でお風呂に入っていた、というか複数人でお風呂に入ったことなどなかったわけで、そのあたりは慣れている。
子どもだからか、今世は前世よりも髪が細くて柔らかい気がする。前世は癖が強くて直すのに苦心した。その意味では羨ましいが、絡まりやすいのは考えものだ。
少々手間取ったが、きちんと洗ったし手入れ用のオイルも揉み込んだ。
身体があたたまっていい香りに包まれていると、何となく心が穏やかになる。
代謝とか副交感神経とかそういったものへの良い影響もあるようだし、ジェイドの言う通り浄化の魔法だけでは得られない効果があるのは確かなのだろう。
バスルームを出て、シャワーを浴びている間に用意してくれていたらしい服に着替える。
そういえば今世では服の脱ぎ着すらも手伝ってもらっていたなぁと思った。魔法を使うまでもないようなことなのに、人の手を借りるとは……たいそう贅沢な暮らしをしていたものだ。
髪を拭きながらバスルームを出ると、リビングで二人が私を出迎えた。
「アイシャちゃん、こっち。髪乾かしてあげるわ」
手招きされたので寄っていく。
椅子に腰掛けると、目の前のテーブルに置かれたバスケットに目が留まった。
そういえばジェイドが家に入ってきた時に、持っていた気がする。
私の視線に気づいたのか、ジェイドがこちらを見てぱちんとウインクをした。
「どうせノアはまともなもの用意してないと思ったから、パイを焼いてきたの。あとで一緒に食べましょうね」
「ちょっと、それどういう」
「はい! 食べます!」
「いいお返事ね〜!!」
お腹いっぱいになったはずなのに、パイと言われた途端に胃袋が急にスペースを作り出した。
食べたい。甘いもの、食べたい。
よだれを何とか堪えながらバスケットを眺め、ジェイドにお礼を言おうとする。
ここまで至れり尽くせり面倒を見てくれたのだ、いくら6歳児でもお礼くらい言わなくては。
「ありがとうございます、ジェイドおに、」
そこで一瞬、思考が止まった。
目の前の男の顔を見上げる。
男だ。見た目は。だけど、言葉遣いや仕草はどちらかと言えば、女だ。
よく見れば化粧をしているような気もする。
これは、どっちで呼ぶべきか。
お兄ちゃん? お姉ちゃん?
私は何度かぱくぱくと口を開閉し、やがて二者択一の賭けに出た。
「……お姉ちゃん」
「っんまぁ〜!!!!!!!」
ジェイドが声を上げた。
その声は歓声に近いもので、私は自分が正解を引けたらしいことを悟る。
よかった。そっちが正解だったのか。
彼は喜色満面といった様子で、ノアの背中をバシバシと叩く。
「アンタちょっと聞いた!? お姉ちゃんですって!! やだわもぉ〜!!」
「顔の圧で言わせたくせにいだだだだ」
「何か言った?」
「痛いって!」
頬を抓られたノアが、不満げに言いながらジェイドの手を振り払う。
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