第14話 正しい子どもらしさ

「アタシはジェイド。ノアとは魔法大学の時の友達なの」

「アイシャ・スペンサーです。6歳です。6歳なので夜はお腹をトントンしてもらえないと眠れません」

「変わった自己紹介ね」

「急に大男が出てきたから怖がってるんじゃ、いだだだ」

「うるさい口ねぇ。取っちゃおうかしら」


 ジェイドがノアの頬を思い切りつねった。

 お互い口では文句を言い合っているようだが、ずいぶん仲が良さそうに見える。

 こうして謹慎中の彼を訪ねてくるくらいだし、本当に友人なのだろう。


 ノアがジェイドの手を振り払うと、痛そうに自分の頬を摩りながら隣の大男を睨む。


「何しに来たんだよ、お前、ほんと」

「どうせアンタのことだから、まともなもの食べさせてないんじゃないかと思って」


 そこまで言って、ジェイドがテーブルの上の皿に目を留めた。

 空の皿に、使用した形跡のあるカトラリー。

 さらにキッチンには、スープとラタトゥユの残りが入った鍋と、サラダが入ったボウル。


「あら? あらあらあら??」


 ジェイドが頬に手を当てて、私の顔とノアの顔を見比べる。ノアはふいと横を向いて彼の視線を躱す。

 もう一度皿を見たジェイドが、驚嘆の声を上げた。


「あのノアが!? 料理したの!? この子のために!?」

「うるさい」

「アンタが料理してるのなんか初めて見たわ! そうよね、さすがにこんな小さな子をお腹空かせたままにはしないわよねぇ!」


 バシバシとまた音を立ててノアの背中を叩くジェイド。

 ノアは気まずそうに目を逸らして、手の甲で口元を覆っている。

 照れている、のだろうか。何となく意外だ。


 じっと二人の様子を見ていると、ジェイドがくるりと後ろを振り向いて、鍋の蓋を開けた。


「どれどれ、メニューは……」

「あっ、馬鹿」


 鼻歌でも歌い出しそうな、ご機嫌な様子で鍋を覗き込んだジェイドが、ぴたりと突然動きを止めた。

 そして黙ったまま、もう一つの鍋の中身も確認する。

 何だろう。急に彼の纏う雰囲気が変わったような。


「…………ノア」

「な、何だよ」


 驚くほど低い声を出したジェイドに、思わず身構える。

 ノアもやや気圧されたように返事をした。


 ギギギと音がしそうな仕草でこちらを振り向いたジェイドが、ノアに向かってビシッと人差し指を突きつけた。


「みみっちい男ね、アンタ!」

「はぁ!?」

「わざと子どもが苦手そうな野菜ばっかり使って。意地悪の仕方が大人げないわ!」

「うっ」


 ビシ、と人差し指がノアの額を突く。


 子どもが苦手そうな野菜。

 食べている時はまったく気が付かなかったけれど、確かに小さい頃はセロリとか、あまり好きじゃなかったような気がしてきた。

 今はむしろ、独特の風味が料理全体に深みを出していて、おいしくするために必要不可欠な野菜だと思うけれど。


 はっと気がついた。そうか、「セロリきらーい!」とか言うのが正しい子どもらしさだったのか。おいしく完食してしまった。

 ……まぁ、別に嫌いじゃない子どももいるだろうし、これでバレるということはない、はず。


 内心で焦っている私をよそに、ノアが気まずそうにもごもごと言い訳をする。


「ぼ、僕はちょっと、自分から『帰る』って言ってくれないかなと思っただけで」

「ひどいわよ! アイシャちゃんほかに食べるものないのに!!」


 ぴしゃりとノアを叱りつけたジェイドが、私に向き直った。

 腰を曲げて私に目線を合わせる。眉を下げた、やさしげな顔で心配そうに私を見つめる。さっきまでの鬼のような形相が嘘のようだ。


「大丈夫? アイシャちゃん。お腹いっぱいになった?」

「はい! 私はもう6歳なので好き嫌いはありません!」

「あら! 好き嫌いないの? 偉いわね」


 ジェイドが私の頭を優しく撫でた。

 頭を撫でられると言うのが存外心地よくて、目を閉じる。

 大人になるとそうそう経験するものではないので、知らなかった。いや、忘れていた、のかもしれない。


 大きな手のひらから伝わってくる気遣いに安心すると、何となく瞼が重くなってくる。

 これは私の体が、子どもだからなのか、違うのか。


「あら? 髪、後ろの方がぐちゃぐちゃね」


 ジェイドが私の後頭部の髪を指で梳いてくれる。そこで彼ははっと何かに気づいたように顔を上げた。


「アイシャちゃん、昨日、お風呂は?」

「? いえ、そのまま寝てしまって」

「…………ノア?」


 ジェイドが地を這うような低い声を出しながら、ノアを振り返る。

 ノアがそっと手を上げて、ついついと指を動かす。


「《浄化》」


 浄化の魔法が私の身体を包む。

 さほど汚れているわけではなかったので、特段見た目に変化はない。

 口元のトマトソースは拭われたかもしれなかった。


「ほら、これでいいだろ」

「そういうことじゃ、ないでしょ!!!!」


 ジェイドの大声が、雷のようにノアに落とされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る