第8話 6歳児なので分かりかねます
しかし、人間というのは疲弊しているときには新しいものに目を向けられない。そういうつくりになっているらしい。
前世で恋人と別れたばかりだといって落ち込んでいる同僚に「次があるわよ、人間の半分は女なんだから」とか適当なことを言って「そんなにすぐに切り替えられない!」と怒られたのを思い出した。
まずは元気が必要だ。
気力を回復させてからでなければ、出来る恋愛も出来ないだろう。
元気を出す方法といえば、おいしい食事と適度な運動、あとたくさん寝る。
……あんまり元気を無くしたことがないので、ぱっと思いつくのはそれくらいだった。6歳児はだいたい大人より元気である。
また前世の記憶に思いを馳せてみるが、前世は前世でそれに酒と魔法が加わるくらいで、前世の自分が割とバイタリティ溢れる大人だったことがわかっただけだった。
いろいろ前世のことに思いを巡らせているうち、はっと気がついた。
そうだ。フェリは私が死んだ後、どうしているのだろう。誰か世話してやってくれているのだろうか。
フェリは私が飼っていたフクロウだった。
猛禽類といえば魔獣の狩りの手伝いをするのが定番だけれど、フェリは小さすぎてそういった実用性はほとんどなかった。
それでも小さくてふわふわしていて可愛らしく、見ているだけでも癒された。
床に足の踏み場がなくてもフェリの籠の中は毎日掃除をしたし、水も変えてやった。研究室に寝泊まりするときも連れて行った。
遠征帰りで疲れ果てた時も、徹夜続きで視界がぼやけていても、時間を忘れて魔法の研究に没頭していても、フェリの世話のためなら身体が動いたものだった。
アニマルセラピーとかいう言葉があるくらいだ。
動物と触れ合うと癒されるし、行動的になったりする人間が多い。
ノアの行動が思考を過ぎった。
この家は生活感がない、人の気配もない。埃っぽかったし薄暗かった。彼は結婚式のために王都に出てきたはずで、その前日まではここで暮らしていたはずなのに、だ。
つまり、彼一人なら、浄化の魔法すら使っていなかった。
それが、今日は違った。
何故かといえば簡単だ。私を連れていたからだ。
あんなに無気力に、世界なんか無くなっちゃえとか言いながら落ち窪んだ目をしていた彼でも、私には一応の配慮をしたということである。
我が身を顧みる。ノアと比べればずいぶん小さいし、頭が大きく手足が細く、目が大きい、いわゆる子どもらしく庇護欲をそそる容姿をしている。髪もふわふわしているし頬も柔らかい。
閃いた。
落ちそうになる意識を叩き起こして、眠い目を擦りながらベッドを降りる。
身体が重い、今にも眠ってしまいそうだ。歩幅が狭いのもあって、びっくりするほど歩みが遅い。
のろのろと部屋のドアを開けて、廊下に出る。のそのそリビングの方に戻って、ドアをノックした。
ややあって、ドアが開く。怪訝そうな赤色の瞳が、私を見下ろした。
「……何?」
「眠れないので何かお話してください」
「はぁ?」
ノアが苦々しげな声を出した。
そしてやれやれと自分の頭を掻きながら、ため息をつく。
「今にも寝そうな顔してるけど」
「寝ちゃうので早くしてください」
「矛盾してない?」
「6歳児なので分かりかねます」
そう言いながら、ノアの服をぐいぐい引っ張る。
もちろん6歳児の力ではノアを引きずっていくことなど出来ないのだけれど、私を見下ろしていたノアには効果があったようで、彼は「ああもう」と呆れたように呟く。
「分かったから、引っ張らないで」
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