第9話 寝る気に満ち溢れています
ノアを連れて部屋に戻った。ベッドに潜り込んで、突っ立ったままの彼を見上げる。
「何かお話してください」
「お話って」
「ついでにお腹をトントンしてください」
「結構図々しいね、君」
はぁとまた彼がため息をつく。
そしてベッドの横に座り込むと、私のお腹の上に手を乗せた。
私は自分の仮説が的中していたことを確信する。
彼は仕方なしではあるけれど、私を放り出すつもりはないようだ。多少は面倒を見てくれる気もあると見える。
ということは、私がフェリ役を務めればいいのである。
子どもと接することで癒される人間も、動物と接して癒される人間と同じくらいに存在するはずだ。
面倒くさくて放り出さないラインで世話をしてもらいつつ、癒されてもらう。
効果のほどは、それこそ試してみないと分からないが……生き物の世話を焼くうちに自分の世話もするようになったりするし、やってみる価値はあるはずだ。
そして私は幸い、フクロウと違って人語を介する。
こんな山の中でひとり隠居生活をしていたなら、きっとコミュニケーション能力も鈍っているだろう。
私と会話をすることでコミュニケーションのノウハウを積み、それをもって素敵な伴侶を見つけてもらう。一挙両得、一石二鳥だ。
ノアがベッドに頬杖をついて、内心でほくそ笑む私を見つめる。
「話ってどういうの? おとぎ話?」
「……魔法史とか、魔法理論とか?」
「今の子どもって、そういうの流行ってるんだ」
ノアは「そんな感じだったっけ」と首を捻りながらも、魔法理論について話し出した。
低くてやさしくて、聞き心地の良い声だ。
ああでも、それよりも話の内容が気になる。
彼の話は基礎ではなくいきなり応用から始まった。
詠唱を魔法陣に書き起こす際の筆記法、言語、魔法式。
あれ、今、私の知らない人名が出てきたような。この6年の間に新しい理論が発明されたのだろうか?
「……君さぁ」
ノアが話をやめた。
何故やめるのだろう。今いいところだったのに。
「寝る気ないでしょ」
「そんなことありません、寝る気に満ち溢れています」
「それじゃ寝ないだろ」
彼がため息をつく。
先ほどまであんなに瞼を重くしていた眠気はどこかへ行ってしまっていた。目が爛々としている。
しばらく私の顔を見ていた彼は、一つ息を吸って、また話始める。
だけれど。
「昔々、あるところに」
「え」
「おじいさんとおばあさんが住んでいました」
「え」
「おじいさんが畑のマンドラゴラを抜くために耳栓を探していると」
彼が話し始めたのは、有名な昔話、「おおきなマンドラゴラ」だった。
どうして。さっきまでの面白い魔法理論の話はどこへ。
だいたいおおきなマンドラゴラの話は子どもだって知っている。
今更聞いても新鮮味がないし、そもそも昔話と言うのは教訓じみていて面白くないものが多いのに、これは致命的なチョイスミスでは。
やはりコミュニケーション能力が鈍っている気がする。
彼がつらつらとマンドラゴラを引き抜きに集まる人間や動物の名前を並べている。
興味を失ったとたんに、瞼が降りてくる。
彼の声をどこか意識の奥でうっすらと聞きながらも、私はあっという間に眠りに落ちた。
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