第7話 結婚は謹慎明けと共に解消予定

――ごめんなさい、グレイス。


 頭の中で、声がする。

 今日の結婚式で思い出した、前世の……グレイスの記憶。私に謝る母の記憶。


 そうだ、あの時。

 私も母と別れたのだ。


 魔力量と魔法の才能を見出されて、魔法学園に通わせてもらえることになった。

 けれど庶民の私はそのままでは学園に入れない。

 そこで一代限りの騎士爵を持つノーマン家に養子として引き取られたのだ。

 この爵位を一代限りにしないために、優秀な人材を輩出して新たな勲功を上げ、貴族社会に踏みとどまるために。


 その目論見は半分成功して、半分失敗している。

 私はいくつも勲章をもらって爵位ももらったけれど、結婚もしなければ子どももいなかった。結局ノーマン家の爵位はどうなるのか、私には分からない。


 その頃の私はまだ11歳で、子どもと言ってもいい年齢だった。だから母は泣いていたのだと思う。

 まだ手離したくないけれど、魔法の勉強をさせてやるためには仕方ない。そういうやるせない気持ちだったのだろう。


 私も確かに、寂しかったし悲しい気持ちもあった。

 けれどさして落ち込まなかった。それは何故か。


 簡単だ。魔法が学べることが嬉しかったからだ。

 その頃にはもう、私はすっかり魔法に夢中になっていたのだ。


 もっと魔法のことが知れる。新しい魔法が試せる。私の考えた魔法が実現可能なのか、研究できる。

 それにわくわくする気持ちが、私に後ろを向かせなかった。


 ノアも同じではないか。

 何かを失った悲しみは、他に好きになれるものが見つかれば、紛らわすことができるのでは。少なくとも……後ろではなく、前を見るきっかけにはなるはずだ。


 私の場合、それは魔法だった。でも、今のノアは魔法に対する興味も失っているようだ。他に、何か。

 たとえば、新しく興味を引く人間、とか。もっといえば、恋人とか。


 前世の私にはついぞ縁がなかったけれど、ノアと私では性格が違う。

 私が魔法への興味を失うことなどあり得ないけれど、彼はそうではない。逆に私は他人に然程深い興味も執着もなかったけれど、彼は違う。

 そのあたりを加味すれば、彼にとって必要なのは「人間」なのではないかという気がしてくる。


 まだ彼は若い。私との結婚は謹慎明けと共に解消予定であるなら、それまでに次の相手を見つけてやればいいのだ。

 顔つきは整っていると思うし、背も高い。大魔導師という地位を好む人間は男女問わずいるのだし、引く手数多なのでは。


 そこまで考えて、前世の私とはずいぶん違う境遇だなと思った。身分は同じはずなのに、その差はいったい何なのだろう。


 浮いた話どころか同僚には舞い込んでいたらしい見合い話も私にはまったく来なかったらくらいには縁がなかった。

 興味もなかったのでそんなものかなとか思っていたが、もしかすると私の外見や性格上の問題が関係していたのかもしれない。


 身なりよりも魔法を優先していたし、人付き合いよりも魔法を優先していた。そのあたりの自覚はある。

 他人様には森で隠遁生活を送る彼よりも浮世離れしているように見えていたのかもしれない。


 もしノアの言う通りに前世の私が「美しくて気高くて、やさしくて朗らかでおおらかで、それでいて茶目っ気があって笑顔がかわい」い人間だったなら、きっと浮いた話はたくさんあっただろう。

 それがなかったことがすべての証明といえよう。

 改めて思う。ノアのそれは幻想だと。


 今世の私は割と可愛らしいと思うけれど、モテ期はまだ到来していなかった。

 6歳で来られても困るけれども。


 そういうわけで、私にとってはまったく未知の領域ではあるけれど……彼が前世の私に向けているらしい崇拝とか執着とか呼びたくなる謎の感情の矛先を、別の相手に向けさせる。

 それが彼の更生に良い作用をする可能性が高い以上、やってみる価値はありそうだ。

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