カレンダー
カレンダーに予定を書き込むにつれ、ふと気付いたことがある。
◯をつけている日は良いことがあった日だった。反対に×や△をつけているといまいちである。
もしやと思い、次の日を◎にしたところ、その日、私はなんと目覚めから最高に良い気分に恵まれ、外は快晴。朝から綺麗に卵が割れて、焼き加減もばっちり。
行く人々の笑みは始終私に向けられ、会社に到着早々、上司に呼び止められたかと思ったら、先日のプレゼンが良かったと褒められ、お手柄だよと太鼓判を押された。
社員食堂の昼食では、おまけとしてタコさんウインナーを追加されたし、助けを求めてきた部下の問題は全て私の得意とする分野だった。
「とすると、これは書いた通りのことが起こるカレンダーに違いない。これまでひたむきに努力してきた甲斐がいよいよ報われたというわけか」
私はうきうきして自宅のマンションに戻るや例のカレンダーに向かい、次の日から全ての日付に花丸をつけ、思いつく限りの良き出来事を綴った。
モデルで綺麗な奥さんができる。宝くじが当たる。世間で注目される。全て叶った。取るにたらないと思われた私の人生は、その日を境に目まぐるしく幸運に転じて、書いた通りのことが起きたのだ。
もはや仕事などやっていられなかった。私はカレンダーに日々良いことを書き足していって、その度ふりかかる幸運を満喫した。
各国を豪遊して回り、行く先々で幸運の人として宗教の始祖のように崇め奉られたこともあった。
しかし一つだけ、気になることがある。
来年からどうするか? ということだが、今のうちに稼げるだけ稼いでしまえば何も問題はないとたかを括る一方、ある不安だけ、どうしても除けないでいた。
ちょうどよいので、他のカレンダーも買って試してみたが、やっぱりこの、最初のカレンダーでなければならないようである。
そうこうとしているうちに一週間、一ヶ月、半年と過ぎていき、瞬く間に十二月が訪れ、大晦日になった。
そろそろ覚悟を決めておかなければならないのかもしれない。
この一年は確かに最高であった。
書いたことがそのまま願い通りになるカレンダーを手にした私は十分以上に幸せを感じる日々を過ごせた。
しかし、そのカレンダーも今日で終わるのだ。
次の月日を刻むスペースはもうないのだから。
年越し直前の書斎で、私はゆっくりと最後のカレンダーをめくった。
新年を迎えて数分。妙に部屋から出てこない夫を心配して、
「明けましておめでとうございます、あなた……あら、あなた? あなた?」
男の妻が書斎をあけると夫はすでに、デスクの前で事切れていた。
高級な絨毯にまだわずかな温もりを遺しつつ。
傍らには、後のページのないカレンダーが落ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます