第8話 気まぐれの邂逅
八話 気まぐれの邂逅
「ん、あれ?」
気が付くと、果南は薄暗い部屋で横になっていた。
壁にかけられた朝五時半頃を示す時計の秒針の音と、すぐ隣で眠る幽子の寝息だけが聞こえる静寂な世界。
布団の温もりに誘われて再びまどろみの世界へと旅立とうとした果南は、ナルマとのやり取りを思い出して勢い良く身体を起こした。
「ナルマちゃん?」
辺りを見回したが、隣で眠る幽子とその奥の少し離れた所で眠る真の姿しか見えず、耳を澄ましても他の誰かの気配は無かった。
果南は音を出来るだけ立てないようにスルリと布団から抜けると、ペタペタと足音を立てながら洗面所へと向かった。
窓から挿し込む僅かな朝日を頼りに洗面所へと辿り着いた果南は、青い印のあるレバーを上げた。
蛇口から出る冷たい水で顔を洗った果南は鏡の中の自分と目を合わせた。
「昨日のは、夢?」
鏡の中の自分は決して何も答えず、まっすぐに果南の目を見ていた。
果南は隣にある浴室の扉を開けた。僅かに残っていた湿気が果南の頰を掠めたが、ナルマがいた痕跡はそこにはなかった。
「なんだっけ。『契り』がどうとか言ってたような」
ナルマと指切りをしてからの記憶がほとんど残っていなかった。
ボンヤリと風呂を出て身体を拭いたり着替えたりした記憶は残っていたが、それが昨晩の記憶なのか夢の記憶なのか断言することが出来なかった。
リビングに戻った果南はカーテンも開けず部屋の電気を点けないまま炬燵に入り、リモコンでテレビの電源を入れた。
チャンネルを色々と変えてみたが、特に面白そうな番組がやっていなかったので電源を切った。
「お、カナンちゃん。早いねぇ」
果南の背後から声が聞こえ、ビクンと身体を震わせながら声のした方を見ると、ボサボサに髪が跳ねている幽子が小さく欠伸をしながら立っていた。
「あ、ユウ姉ェ。おはよう」
「うん、おはよう」
「ちょっと洗面所使うね」と言ってから幽子はすぐにリビングから出て行った。
果南は一度大きく伸びをしてから、炬燵から出るとテレビの横にある大きな窓へと向かった。
カーテンと窓を開けると、暗い所に慣れた目には刺激の強い明るさと、思っていたより冷たい風が果南を襲った。
肌寒さに思わず身震いさせた果南は、窓を少しだけ閉めると再び炬燵の中へと戻った。
十五分ぐらい経った頃、先程のボサボサ髪をしっかりと整え、普段通りの幽子がリビングに戻ってきた。
「おまたせ果南ちゃん。今から朝ご飯作るね」
「うん。果南は何か手伝うことはある?」
果南の言葉に笑みを浮かべながら幽子は言った。
「じゃあお願いしようかな。手を洗ってコッチ来てくれる?」
「うん!」
果南は炬燵から出ると幽子の元へと向かった。
その後、真が起きるのとほぼ同じ時刻に朝食の準備が終わり、三人でテレビを見ながら朝食を食べた。
いつもと変わらない真と幽子の様子を見ていると、昨夜の出来事が夢だったのではないかと錯覚してしまうほどだった。
「遅いではないか。日が出てから随分と時間が経つぞ」
朝食を終え、片付けや着替えを済ませた三人が、掃除の続きをするため蛇ノ目神社の境内に向かうと、賽銭箱に寄り掛かるように座っていた少女の姿が目に入った。
「あれ? お嬢ちゃんだぁれ?」
「え、ユウ姉の知り合いじゃないの?」
気怠そうなナルマは、立ち上がると頭を左右に傾けてポキポキと音を鳴らした。
「ほぉ? ワシのことを果南から聞いていないのか?」
幽子と真は同時に果南の方を見た。二人の視線を感じた果南はゴクリと唾を飲んでから言った。
「ナルマちゃん?」
「いかにも。ワシがナルマだ。昨日の今日で忘れたとは言わせんぞ」
シュロロロと音を立てながら笑うナルマは、フワフワと重力を感じさせないステップを踏みながら三人に近付いた。
「果南とは昨日すこぉしばかり話した仲でな。お前達が神社の掃除をやっていると聞いたから顔を見せに来たわけだ」
「そうなの? カナンちゃん」
「う、うん」
「果南が昨日見た女の子ってのはこの子?」
「うん」
「本当は昨日の夜にも会った」と言いたかったのだが、あまりにも突然の出逢いに果南の思考回路は混線していた。
「ふぅん」
決して心の底から信じていたわけではなかったが、果南が見た女の子の正体が幽霊だとか神様ではなく、実在する少女だったことに真は安堵した。
だが、身体の奥底で何かがチリチリと痺れた。
「何だ? 聞いているのはそれだけか?」
ナルマは不服そうに真と幽子の顔を見た。
「カナンちゃん、昨日はお風呂出てからすぐ寝ちゃったもんね」
ナルマは歯をチラリと見せた後に上唇をゆっくりと舐めた。
「ふぅむ。まぁ、良い。とにかく掃除をするのだろう? 早う始めんか」
「随分と偉そうな奴だな」
真の向ける少しだけ敵意を持った視線に気が付いたのか、ナルマは真の目をチラリと見たが、口をつぐんだままだった。
二日目の掃除の分担は、幽子は社の中、真と果南は外に決まった。
「ワシはどうすれば良い?」
ナルマは自分を指さしながら幽子を見ながら言った。
「えっと、ナルマちゃん、だよね? ナルマちゃんはマコちゃんとカナンちゃんのお手伝いをお願いしても良いかな?」
「ふむ、良かろう」
「ちょっと待ってユウ姉。軍手の予備はあっても靴の予備までは無いよ。コイツ裸足だから危ないって」
真はナルマの足元を指さしながら言った。
「え?」
幽子がナルマの足元を見ると、真っ白な素足と綺麗に切りそろえられた足の爪が顔を見せていた。
「ホントだ。ナルマちゃん、靴は?」
「靴は嫌いだ」
「そうは言っても、ゴミを踏んだら怪我しちゃうよ」
幽子の言葉にナルマはシュロロロと音を立てた。
「阿呆と一緒にするな。ゴミなど踏まぬし、踏んでも怪我などせんわ」
「怪我してからじゃ遅いって言ってんだよ」
真は軽く握った拳でナルマの頭を上から小突いた。
「ッ!? 何のつもりだ?」
ナルマの黄色い瞳が真を睨みつけた。
その瞳の持つ深みのような、何処までも人を惹きつけ近付いたものを凍りつかせるような眼差しに真は一瞬怯んだが、震える声で何とか返事を絞り出した。
「言う事、聞けって言ってんの」
「ちょっとマコちゃん。暴力はダメ」
幽子が少しだけ怒りを滲ませながら言ったために、真は拳をナルマの頭から離した。
「草薙の娘は立ち振る舞いというのを理解しているというのに、それに比べて見抜の小僧と言ったら」
「ナルマちゃんもそんな言い方したらダメだよ。マコちゃんはナルマちゃんが怪我をしないように心配して言ったんだから」
自分も怒られると思っていなかったのか、ナルマは露骨に不機嫌な顔になると果南の後ろに隠れた。
「果南。果南はワシの味方だよな?」
ナルマは助けを乞うように果南の身体にしがみついて見上げたが、果南は笑いながら否定した。
「いやぁ、マコ兄ィもユウ姉ェも間違ってないと思うけど」
「誰もワシの味方をせんのか。まぁ年長者が許してやるのが世の常だからな。ここはワシが大人になってやろうではないか」
三人がナルマの発言の真意が分からずに首を傾げている中、ナルマは草が生い茂っていることに一切の躊躇なく、一直線に物置小屋へと走っていった。
「え、行っちゃった」
「マコちゃん、悪いけど見てきて欲しいな」
「ハァ。はいはい」
真が草を掻き分けながら物置小屋に向かおうとすると、真の腹部に衝撃が走った。
「ッッッ!?」
衝撃の正体は草むらから突然飛び出てきたナルマだった。身体のあちこちに草の種や蜘蛛の巣をつけていたが、ナルマは気にする様子も見せなかった。
「なんじゃ、急に。突然目の前に出るでない。邪魔じゃ」
ナルマは真の横をスルリと抜けると、カランコロンと音を立てながら幽子の元へと向かった。
「これなら文句はあるまい?」
ナルマはサイズの合っていないすっかり色褪せた下駄を指さしながら言った。
「まぁ、裸足よりは安全だけど」
「じゃあ文句はあるまい」
幽子と真は顔を見合わせ、苦笑いをした。
てっきり掃除の邪魔をするのではないかと真は警戒していたが、掃除を開始してからのナルマは至って真面目で、テキパキと作業をこなしていた。
「コレを縛れば終わり、っと」
真が最後のゴミ袋の口を縛り終えると、果南と幽子は一息ついた。
神社の掃除が終わったのは太陽が真上に差し掛かろうとする頃だった。
「中は終わったし、外も綺麗。コレで終わりかな。一応源ジィに写真撮って送っておくから」
幽子が携帯電話を横にして何枚か写真を撮っている間、真と果南は階段の所に腰掛けていた。
「ふむ。まぁまぁだな。悪くない」
階段に腰掛ける二人の前でナルマはふんぞり返っていた。
「まぁまぁだなって、他に何をやれって言うのさ」
「悪くないと言っておるだろう。そう怒るでない」
「何を」
「マコ兄ィ、まぁまぁまぁ」
「はぁ、分かってるって」
真は苛立ちを隠そうとせずにぶっきらぼうに言った。
「シュロロロ、相変わらず不敬な小僧だな」
「僕が小僧ならお前はクソガキだぞ」
「シュロロロ。よくもまぁそんな口が訊けるなぁ、このワシに向かって。だが果南に感謝するんだな。果南がいなかったらお前は今頃この世にいないぞ」
「何で果南の名前が出るのさ」
「本人に聞いてみれば良い」
真は果南の顔を見たが、果南はキョトンとしていた。
「果南にも良くわかんない、かな」
「果南はこう言ってるけど?」
「果南がそういうことにしておきたいと言うのなら、ワシは構わんぞ。別に」
ナルマは二人との会話に飽きたのか、幽子の携帯電話の画面を覗き込もうと幽子の隣に立った。
「お前は何をしている」
「掃除の終わった様子の写真を見てもらってるの」
「ほぉ? 誰に?」
「源ジィ。私のお爺ちゃん」
「草薙、源。あぁ、アヤツか」
「ナルマちゃん、源ジィのこと知ってるの?」
「んん? あぁ、まぁな。アヤツはちょくちょく顔を見せに来ていたからな。だからといって、アヤツがワシのことを知っているのかは知らんが」
「会ったことあるなら覚えてると思うけどなぁ」
「さぁ、どうだかな」
その時、幽子の携帯電話がブルブルと震えた。幽子はナルマの頭を優しく撫でながら携帯電話を耳に当てた。
「もしもし。写真見てくれた?」
『おお、幽子。見たぞ。上出来じゃねぇか。二人にも言っておいてくれ』
たった一日とはいえ、毎日聞いていた声を電話越しに聞いたことで幽子の中でナニかが落ち着くべき場所にカチリと嵌った。
「ゴミはゴミ捨て場に分類して置いておけば良いんだよね?」
『あぁ、そうだ。まぁ近い内に草刈りに行くから、間違ってたら直しといてやるよ』
「間違ってたらごめんね」
『どうせ連休中は回収に来ねぇし、その辺りは他にゴミ出す奴いねぇから大丈夫だよガハハ』
源ジィが電話越しにゲラゲラと笑った。笑いが収まると少しだけ真面目なトーンで言った。
『で、いつ帰ってくるんだ?』
「うぅん。中途半端な時間だし明日まで泊まろうかなぁと思ってるけど、源ジィはご飯や洗濯大丈夫?」
『飯はどうにでもなるし、洗濯なんて幽子が帰ってきてからまとめてすりゃあ良いだろう』
「着替え無くなっても知らないよ」
『無くなったら同じの着りゃ良いじゃねぇか。糞を漏らしたわけでもあるまいし、変わらん変わらん』
幽子は源ジィの信じられない主張に顔をしかめたが、電話の向こうの相手には届かなかった。
「それはどうかと思うけど。まぁ、ご飯食べれてるなら良いや」
『ガハハ。コッチの心配なんかいらんいらん。幽子は坊主の心配だけしとけば良い』
「マコちゃんの?」
『同じ屋根の下で若い男と女が寝てんだ。後は言わなくても分かるだろ。坊主は奥手だから幽子がリードするぐらいで丁度良ぇ』
「何言ってるのいきなり」
『モタモタしてると他の女に盗られるぞ』
「別に、マコちゃんは、私のモノじゃないから」
そのまま消えてしまいそうな程に自分の声がどんどん小さくなるのを実感しながらそこまで言った幽子は、随分と本題からズレていることに気が付いた。
「と、とにかく、明日帰るから。ご飯と着替と戸締まりはちゃんとしてね」
『戸締まりなんかしなくたって、金が欲しけりゃ他所の金持ちんとこ行くだろ。ガハハ』
「戸締まり、ちゃんとしてね」
幽子の有無を言わせない問いかけに対して、源ジィは笑うのを止めた。
『わーってるって。何がとは言わんが頑張れよ。じゃあな』
ツーツー、と通話が終了したことを告げる音が鳴り始めた。
幽子は携帯電話をポケットにしまってから言った。
「掃除はこんな感じで良いって源ジィに言われたよ」
幽子の報告に、真は立ち上がって腰回りの砂を払いながら言った。
「そっか。午後はどうするの?」
「特に予定は無いけど。カナンちゃんの勉強会にする? 他の事でも良いけど」
幽子が果南の顔を覗き込むようにしながら尋ねると、果南のお腹がキュルルと鳴った。
「とりあえずお昼ご飯食べたいな」
「フフッ、そうだね。じゃあ一旦お家に戻ろっか」
幽子は少しだけ間を開けてから口を開いた。
「ナルマちゃんはこの後どうするの?」
「ふむ、ワシも腹が減ったな」
ナルマがお腹をペチペチと叩きながら言った。
「ナルマちゃんのお家はどの辺り? 送っていこうか?」
「帰った所で食うもんなんか無い」
「え?」
「誰もおらんし食料も無い。それがそんなにおかしいことか?」
「いや、おかしいって言いたいんじゃなくて、普段はどうしてるの?」
「適当にその辺のモノを食っている」
その場にいた三人が絶句していることに気が付いたナルマはケラケラと笑った。
「冗談じゃ冗談。だが今すぐ帰っても誰もいないってのは本当だ。ワシの言ったことを何でもかんでも鵜呑みにするな。騙しがいの無い連中だなぁ」
「嘘だか本当だか分からない嘘をついても面白くないぞ」
真が安堵と怒りを混ぜた視線をナルマに向けると、ナルマは歯を見せながら不気味に笑った。
「シュロロロ。お前はいちいち噛み付くなぁ」
「はいストップストップ」
見かねた幽子が真とナルマの間に割り込んだ。
「ナルマちゃんが良ければ一緒にお昼ご飯食べよっか」
ナルマはわざとらしく真と幽子の顔を交互に見た後に鼻で笑った。
「そうだな。そこまで言うのなら邪魔させてもらおうか。そこの小僧は気に食わないかもしれないが」
「ナルマちゃんも煽らないの」
「シュロロロ。まぁ今は矛を収めてやろうじゃないか」
ナルマが一足先に道路に向かって走り始めたので、三人は慌てて後を追うように境内を後にした。
「これは何だ?」
ナルマは自分の前に置かれたお皿を指さしながら言った。
「これはスパゲッティだよ」
「”すぱげってぃ”? 知らんなぁ。まぁ良い。箸はどこにある?」
「スパゲッティはお箸じゃなくてフォークで食べるの。こうやってフォークでクルクルって巻き取って食べるの」
幽子は言い終わってからフォークで一口サイズに巻き取った。
ナルマはフォークとスパゲッティを交互ににらめっこしてからフォークをスパゲッティに刺した。そしてクルクルと回して大きな団子を作り上げた。
「こうか」
「そうそう。上手上手」
ナルマを頬を緩めると、団子を啜るように口にした。
「あ、スパゲッティはお蕎麦みたいに啜っちゃダメだよ」
「何故? 素麺も蕎麦もうどんも啜るモノだろう?」
「うぅん、コレは外国の料理なんだけど、外国では音をたてて食事をしないようにって考え方が一般的だから」
「ここは日ノ本の国だぞ?」
「えっとねぇ」
彼方此方に飛び散るミートソースがナルマの白いワンピースに飛ばないようにと細心の注意を払っている幽子を横目に、真と果南はスパゲッティを食べ始めていた。
「ユウ姉ェ、ナルマちゃんに付きっきりだね」
「そうだな」
「でもユウ姉ェ楽しそうだね」
「まぁ、世話するのが好きなんじゃないの? 子供会の集まりとかでもお手伝いしてたし」
「マコ兄ィは子供のお世話するの好き?」
「別に。好きでも嫌いでもない。ただ、腹立つガキは嫌い」
「えぇ、なにそれ」
「会話が成り立たない奴と話すと疲れるから嫌い」
「ふぅん」
真はコップに入っているお茶を一口飲んでから言った。
「それはさておき、果南は午後コレやりたいみたいなのあんの?」
「うぅん、特に無いかな。昨日の夜早く寝ちゃってノルマが溜まってるから勉強しようかなぁ」
果南はフォークをクルクルと回しながら言った。一口サイズより大きくなった塊を、果南は大きく口を開けて頬張った。
「そりゃ大層立派な過ごし方だけど、五月からそんなに張り切ってて受験の冬まで保つのか? 先は長いぞ」
返事をしようとした果南に「口の中の物を呑み込んでから言え」と真は補足した。
果南はモゴモゴと咀嚼し呑み込んでから口を開いた。
「ん、それは大丈夫。私がやりたいからやってることだから」
「ふぅん。偉いじゃん」
「偉いでしょ」
ニシシと笑う果南は何かを思い付いたように目を開いた。
「あ、そうだ! マコ兄ィは頑張る果南に何かプレゼントしてよ」
あまりの突拍子も無い発言に真は口をあんぐりと開けた。
「は? 何、いきなり」
「果南が受験勉強を頑張れるように、模試で良い成績が取れたらマコ兄ィが果南にプレゼントするの。そうすれば果南は頑張れるし、マコ兄ィは果南にプレゼントが出来る。ウィンウィンだね」
「どこがだよ。僕が損してるだけだろ」
「損ってことはないでしょ。こんなに可愛い後輩が頑張ってたらマコ兄ィは『あぁ、何かしてあげたい!』ってなるんじゃないの?」
果南は真の物真似をしているかのように言った。
「全然ならない」
「何かしてあげたいってなってよ!」
真はクルクルとフォークを回しながら言った。
「そういうのは人に強制させるもんじゃないだろ。コッチが得するナニかが無いと」
「マコ兄ィはすぐそうやって損得で考える。じゃあ得なことがあれば良いんだよね? うーん、果南と同じ高校に通える、とか? それも二年間。どう?」
「どう? って言われても。全然魅力的じゃない」
真は言い終わってから一口サイズに丸まった塊を頬張った。
「酷いッッッ! 可愛い幼馴染みがいる幸せをもっと噛み締めたほうが良いよ」
「いや、本当にどうでも良い。というか、果南が何処の高校に行こうが何とも思わないから。行けるかどうかは別にして、高野台よりも上を目指すのもアリだろ」
果南の笑顔が一瞬失われたが、鈍感な真は果南がすぐに笑顔に戻ったために気が付かなかった。
「またまたぁ。本当は果南が同じ高校に来てくれる方が嬉しいんでしょ?」
「全然」
「マコ兄ィは恥ずかしがり屋さんだねぇ。しょうがないからそういうことにしてあげるね」
「勝手に人の意見をまとめんな」
「最初のプレゼントは何にしてもらおうかなぁ」
「プレゼントをあげるなんて言ってないし、プレゼントをお前が決めるのかよ」
「そっか。プレゼントはマコ兄ィが決めたいよね」
「いや、だからあげるなんて一言も言ってないから」
あげる気なんてサラサラ無かったのだが、満面の笑みを浮かべる果南を見た真は「まあ有耶無耶にすれば良いか」と無責任な事を考えていた。
「で、次の模試はいつだっけ? 連休明けだったか?」
「うん、そうだよ。早くプレゼントを決めないと間に合わないかもね」
「そもそもお前が良い成績を取らないと話にならんだろ」
「うッ!?」と言いながら、果南は大げさに仰け反った。
「それに良い成績って基準が曖昧すぎる。お前にとっての良い成績ってのはどのぐらいなんだよ」
「えぇっと、半分ぐらい?」
真は深いため息をついた。
「お前、それで高野台目指すのか?」
「半分って点数じゃないよ。順位だよ順位」
「あぁ、順位ね。それなら、まぁ、悪くはないな」
「じゃあ決まりね。私が順位半分以上だったらプレゼント」
「言っとくけどそんなに金無いからな」
「別に高い物が欲しいわけじゃないよ。マコ兄ィの気持ちが籠っていれば、ね」
果南がぎこちないウィンクをしながら言ったものの、真はそれを承知の上で幽子とナルマの方に視線を向けた。
結局、ナルマのフォークの使い方が下手だったために、幽子が一口一口クルクルとフォークで巻いてはナルマに食べさせていた。
「鳥の親子みたい」
「ちょっとッッッ! 余所見しないで!」
「え、あぁ、何?」
「マコ兄ィ、絶対わざとでしょ!」
「そんなことないけど」
「優しい果南だから許してあげるけど、クラスの女の子に同じことしたら嫌われちゃうよ」
「するわけないだろ」
「つまり、果南が相手だから甘えちゃってるってことなんだね?」
「誰もそんなこと言ってない」
「ホントかなぁ」とニヤニヤ笑いながら言った果南は、飛び切りのプレゼントを思い付いた。
「あ、そうだ。高野台の文化祭に行きたいな」
文化祭という単語を聞いた瞬間、真の脳裏に六月七日という日付と一人の少女の姿が過ぎった。
忘れていた訳では無いが、このタイミングで思い出すことになるとは夢にも思っていなかった真は動きが止まった。
「ま、マコ兄ィ? どうしたの?」
「え?」
不安そうに顔を覗き込んでくる果南の視線に気が付いた真は気の抜けた声で返事をした。
「なんか、急にボーっとしてたから」
「いや、考え事してただけ」
「ふぅん。それでね、高野台高校の文化祭を、マコ兄ィと二人で周りたいなぁって」
顔を少し赤くしながらゆっくりと告げた果南だったが、真の反応は至って質素だった。
「え、嫌だけど」
「いくら恥ずかしいからって即答しないでよ」
「恥ずかしいとかじゃなくて、嫌なもんは嫌だから」
「むぅぅぅ」
「僕じゃなくてユウ姉と周れば良いだろ」
「そりゃあユウ姉ェとも周りたいけど、マコ兄ィとは駄目なの?」
「駄目だね」
「じゃあ模試で半分以上でも?」
真はほとんど食べ終わったお皿のミートソースを掻き集めながら言った。
「そういうのは順位が半分以上になってから言え」
真のその言葉に果南は目を輝かせた。
「じゃあ、順位が半分以上だったら文化祭デートしてくれるの?」
「ハァ?」
「だって言ったじゃん。半分以上になってから言えって」
真は少し前の自分の言葉に後悔したが、もう遅かった。
「言ったけど、それは」
「えぇ!? マコ兄ィ、約束破るの?」
「いや、そもそも約束なんかしてなくて」
真がこの場をどうやり過ごそうか考えていると、シュロロロと音がした。音のした方を見ると、ナルマが逃げ場を失った獲物を見ているかのように笑っていた。
「なんだ小僧。自分の発言には責任を持てよ」
口の端についたミートソースを親指で拭いながらナルマは言った。
「なんだよ。いきなり話に割り込んできて」
「いやぁ、小僧が果南との約束を反故にしようとしているのが見るに耐えなくてな」
ナルマは果南を見ながらウィンクをしたが、果南にはその意図が伝わっていなかった。
「だから、そういうつもりじゃ」
「まぁまぁ落ち着け、見抜の小僧。そもそも果南が条件を満たさなければこの話は無いも同然。そうだろう?」
「そうだけど、その小僧って言い方をやめろ」
「数分前の自分の発言に責任も持てぬような男は小僧で十分だ」
「ちょ、ちょっとナルマちゃん」
言葉遣いが気になった幽子が口を挟んだが、ナルマが幽子の口に人差し指を当てた。
「口を挟むな草薙の娘。コレは果南と小僧の話だ」
ナルマが幽子を睨み付けると、幽子はそれ以上何も言わなかった。
「で? どうなんだ? ん? ”まこにぃ”とやらは」
ナルマの挑発するような笑みに血が登った真は思わず叫んだ。
「分かったよ! 順位が半分以上だったら一緒に行くよ! これで満足か!?」
息を荒げる真に対して、ナルマはいとも涼し気にサラリと言った。
「満足するかどうかはワシじゃなくて果南に聞いたらどうだ」
「やったあ! マコ兄ィと文化祭行くために勉強頑張らないと!」
フォークを持ったままの手でガッツポーズを作った果南は、残り少ないスパゲッティを一気に頬張った。
「カナンちゃん、そんなに慌てて食べると喉に詰まっちゃうよ」
幽子の助言は間に合わず、胸元をドンドンと手で叩きながら果南はコップに入っていたお茶を全て飲み干した。
真はその様子を溜め息をつきながら眺めていた。
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