第7話 黄眼の少女、再び 後編
七話 黄眼の少女、再び 後編
目の前に突如として現れた少女の姿に驚いた果南は、自分が思っていたよりも大きな声で言った。
「ナ、ナルマちゃん!?」
ナルマは果南の声量に顔をしかめ、耳に指を突っ込みながら言った。
「やかましい。耳に響く」
「あっ」
ナルマの指摘に果南は口を抑えた。そして、一度深呼吸をしてからいつもの声量で尋ねた。
「ナルマちゃん、どうしてここにいるの?」
「どうしても何も。ここは風呂だろう? 身体を清めるため以外に何の理由がある?」
ナルマはそれが当たり前かのように空中に座ると、足を組みながら長い髪を手でなびかせた。
「いや、だって、ナルマちゃんはこの家の子じゃないでしょ?」
ナルマは果南の疑問に目を丸くし、考え込むように腕を組むとしばらく唸ってから言った。
「ふむ、確かにワシはこの家の子などではない。”ワシは風呂を借りに来た”だけだ」
ナルマが果南の両の目を射抜くように睨みながら呟くと、果南の意識が一瞬だけフリーズをした。
ハッとした果南は、ナルマが返事を待つかのような目で見ていることに気が付いた。
「え、あ、そういえばそうだったね。ごめん」
果南は違和感を覚えたことに違和感を覚え、すぐに謝罪をした。
「良い良い。誰にでもそういうことはある」
ナルマはシュロロロと奇妙な音を立てながら不気味な笑顔を浮かべた。
「私、まだ髪を洗ってる途中だから、ナルマちゃんにはえっと」
「何を言っておる。ワシの身体を先に洗え」
ナルマは宙にある透明な回転イスを回すように、クルリと背を向けると「早うせんか」と催促した。
「う、うん」
果南は洗い途中だった自分の頭の泡をシャワーで洗い流してから、ナルマの身体にシャワーをかけた。
「うむ、悪くない。そこにある泡立つヤツも使えよ」
「泡立つヤツってシャンプーのこと?」
「”しゃんぷう”? 名前は知らん。とにかくそれのことだ」
ナルマはシャンプーの入ったボトルを指差した。
「泡が目に入ると痛いから気を付けてね」
果南は先程の失敗を繰り返さぬように警告をしたが、ナルマはケラケラと笑った。
「お前ら人間は、この世にある大抵の物は目に入れたら痛いのではないか?」
「え、あ、うぅん。そうかも」
ナルマの答えに何処か違和感を覚えたが、その正体が何なのか分からなかった果南はすぐに興味を失った。
他人の頭など洗ったことのない果南は、手に出したシャンプーを手でよく混ぜてから恐る恐るナルマの髪に触れた。ナルマの髪は触れているのかどうかも分からなくなる程に細く滑らかな髪質だった。
「ナルマちゃんの髪、スゴいサラサラだね」
髪質のせいであまり泡立たなかったためにシャンプーを追加しながら果南は言った。
「それはどういう意味だ? ワシの髪を愚弄しているのか?」
「”ぐろう”って何?」
果南の問いにナルマはため息をついてから答えた。
「馬鹿にしているのか? と聞いたんだ」
「もう使われていない言葉だったか?」とナルマは呟いたが、果南はどう答えれば良いのか分からなかったのでその部分は無視して答えた。
「馬鹿になんかしてないよ。こんなに髪が長いのにスゴくサラサラで綺麗だなぁって思ったの」
「ふぅむ。髪を伸ばせば良いだけの話だろう?」
「そんなことないよ。色々大変なんだよ。果南もナルマちゃんぐらいの頃は伸ばしてたけど、洗うのも乾かすのも束ねるのも大変でね。今はこのぐらいの長さの方が好きなの」
ナルマは果南の価値観を理解は出来なかったが、悪い気はしなかったようで、果南に背を向けたまま口角をゆるりと上げた。
丁寧に、丁寧に。強く触れたら千切れてしまうのではないかと不安になる柔らかく滑らかな髪を一通り洗い終わった果南は言った。
「じゃあお湯をかけまーす」
レバーを操作し、お湯が出ていることを確認してからナルマの頭の先から泡を洗い流した。
髪から流れ落ちた泡がナルマの白い肌を撫でながら排水口へと吸い込まれていった。
「はい、終わり」
果南がお湯を止めると、ナルマは川に落ちた犬のように全身をブルブルと震わせ、当たり一面に水滴を飛ばした。
「わっ!?」
「ふむ。”しゃんぷう”とやら。悪くないな」
「本当はリンスもしたいけど、持ってきてないから出来ないんだ」
「”りんす”? ここに並んでるのは違うのか?」
「コレはシャンプー。コッチはボディソープ。コレは、分かんない」
果南は順番に指をさしながら説明をした。
「ふぅん。まぁワシには良く分からんことが分かった。そんなことより次は身体を洗え。”しゃんぷう”も使ってな」
「シャンプーは髪を洗うヤツだよ。身体を洗うのはボディソープ」
「知らん知らん知らん。早うせんか」
ナルマは手をヒラヒラとさせながら果南の説明を遮った。
「もう。ナルマちゃん。そんな言い方してるとお父さんやお母さんに怒られちゃうよ」
最初はそういうものだと自分を納得させていたが、言葉遣いもお願いの仕方も雑なことに段々とストレスを感じた果南は、思ったままのことを口にした。
しかし、返ってきた言葉は予想外のものだった。
「怒られるも何も、そんなものはいない」
「え?」
「何を呆けておる。いないものはいない。ただそれだけのことだ」
果南は目の前にいる小学校に入るかどうかぐらいの少女が発した言葉を理解することが出来なかった。いや、理解することを拒んだ。
事故、病気、離婚。様々な理由で親と別れることはあれど、そのどれもが子供にはどうしようもないものばかりである。
だからといってそれを受け入れられるかどうかは別の話だ。少なくとも自分だったら到底受け入れることは出来ない。
しかし、目の前にいる少女は片親ではなく両親がいないことを”ただそれだけ”と言ってのけたのだ。
果南には自分よりも十は離れているであろう少女がその境地に至っていることに頭を殴られたかのような衝撃を受けた。
果南は咄嗟にナルマの身体を抱きしめた。
「なんじゃ急に」
ナルマは嫌そうな顔をしたが、果南はより一層強く抱きしめた。
「だって」
言葉が出てこない。クラスメイトにも親を失った人がいたことがあったが、その時にどんな声をかけるべきかは今も分かっていない。
ただ、そうするべきだと思ったから抱きしめた。
「何故お前が泣いている」
「えっ?」
無意識に溢れた涙が止めどなく頰を伝った。
「分かんない」
「気色悪い。えぇい、離さんか」
ナルマは果南のあばら骨の辺りを手で押して距離を取ろうとした。
ナルマにとっては、ほんの少し力を入れただけで果南と距離を取ることは容易かった。
しかし、果南の身体が震えていることに気が付くと、腕に込めた力の行き場を失い、数分間何も言わず身体も動かさずに果南の腕の中でジッとしていた。
「分かったから一度離さんか。苦しい」
いつまでも終わらない抱擁に痺れを切らしたナルマは果南の背を優しく叩きながら言った。
「え、あ、ごめん」
涙は止まっていたものの、すっかり目を赤くした果南が慌てて一歩退くと、ナルマはわざとらしくため息をついた。
「ワシはお前に心配されるようなヤワな存在じゃない」
「そんなことないよ。ナルマちゃんはまだ子供でしょ? 果南がもしもナルマちゃんと同じように、その」
果南の言葉を遮るようにナルマは言った。
「あぁうるさいうるさいうるさい。ワシを憐れむな。不愉快だ」
「ご、ごめん」
ションボリとした果南の顔を見たナルマはシャワーヘッドを手に取り、果南の方に向けてからレバーを捻った。
「わぁッッッ!?」
顔にシャワーの直撃を浴びた果南は目と鼻にお湯が入り顔を拭った。
「早うワシの身体を洗わんか。そうしたら褒美にワシがお前の身体を洗ってやる」
「ナルマちゃんが?」
「不満か?」
「そういうわけじゃないけど」
「ワシが身体を洗ってやることがどれだけ有難い事かお前には分からんか。まぁ良い。」
ナルマはシュロロロと音を立てながら、吟味するように果南の身体を見定めた。
「さぁ座れ。お前の番だぞ」
果南に身体を洗ってもらったナルマは、再び全身をブルッと震わせて水気を切った。
そして、お風呂の椅子を指さしながら催促をした。
「えぇと、じゃあお願いね」
「何を不安そうな顔をしている。ワシに身を委ねれば良い」
ナルマはそう言いながらバチンと果南の背を手の平で叩いた。
「いったッッッ!?」
「早う座れ」
「わ、分かったよぉ」
小さな紅葉を焼き付けられた背中を擦りながら果南はお風呂の椅子に座った。
「髪を洗うやつは、コレか?」
「うん、そうだよ。二回か三回で良いからね。使いすぎはダメ」
「ふむ」
ナルマはシャンプーを手に出して軽く泡立ててから果南の髪に触れた。そして果南にして貰ったように、優しく洗い始めた。
「そうそう、そんな感じ」
てっきりガシガシと乱暴にやられるのではと身構えていた果南は拍子抜けした。
「お前、名は何だ?」
ナルマは果南の髪を洗いながら聞いた。
「え、忘れちゃったの? 果南だよ。大場果南」
「”かなん”。漢字は?」
「ナルマちゃん漢字分かるの?」
「当たり前だろう。馬鹿にするな」
ナルマはフンと鼻を鳴らしたが、そこに敵意や怒りは込められていなかった。
「スゴイね」
「で、漢字は?」
「『成果』の『果』に『南』って書くんだけど、分かる?」
「こうだろう?」
ナルマは果南の背中に指で「果南」と書いた。
「正解だけどくすぐったいよナルマちゃん」
身を捩らせながら果南は笑った。
「果南。齢は?」
「”よわい”?」
「これも通じないのか?」とナルマは言ったが、すぐに言い換えた。
「歳はいくつだ? と聞いたんだ」
「今年で十五歳になるよ」
「ふぅむ。なるほど。悪くないな」
ナルマは果南の頭の形を確認するかのように両手で頭を撫で回した。
「『悪くない』って何のこと?」
「気にするな。独り言だ」
「気になるよぉ」
振り返ろうとした果南の頭をナルマは両手で止めると、前を向くように頭を回した。
「果南、願いはあるか?」
「願いって? 夢ってこと?」
「そうだ。何かあるか?」
「どうしたの急に」
「良いから答えよ」
「うーん、とね」
あらためて考えてみると、色々な夢が果南の頭の中に浮かんできた。
受験に合格、三人で高校生活、幽子と真の受験が上手くいくこと、あわよくば真と今より親密な仲になること。
「いっぱいあるよ。いっぱい」
「一番の願いは? どんな願いでも叶えられるとしたら果南は何を願う?」
「うぅん。マコ兄ィとユウ姉ェと高校生活を送りたいことかな」
「ほぉ。”こうこうせいかつ”? まぁ良い。それで?」
続きを促したナルマだったが、果南は満足そうに笑った。
「それだけだよ。一年間しか三人で高校生活を送ることは出来ないけど、その一年間が多分果南にとっての一番の一年間になるの」
「んん? その”こうこうせいかつ”とやらは良く分からんが、一緒に生活したいのならそうすれば良いじゃないか」
「アハハ。そうだね。でも、一緒に高校生活を送るためには私が受験で合格しないといけないんだ」
「”受験”か。受験は知っている。ずいぶん昔に聞いたことがあるからな」
ナルマは泡だらけの手であることを気にせずに自分の顎を擦った。
「ずいぶん昔って何それ。ナルマちゃんは面白いね」
「ワシの話は今は良い。それで、果南は合格出来るのか?」
果南は少しだけ間を開けてから言った。
「頑張ってるけど、分かんない。果南はスタート地点が皆と違うから」
「”すたあとちてん”が皆と違う? 良く分からんな。果南が頑張ればどうにかなるものなのか?」
果南は作り笑いをしながら言った。
「うぅん。頑張ればどうにかなるものなのか? というよりも、頑張るしかないって感じかな」
果南の答えを聞いたナルマは不満そうな顔をした。
「もっと、こう、なんかないのか? 果南の努力ではどうにもならないような願いは?」
「えぇ、特に無いよ」
「いいや、何かあるはずだ。良く考えろ」
ナルマはそう言いながらシャワーを果南の頭にかけた。
頭の先から止めどなく流れるお湯を肌で感じながら果南は考えてみた。
「んんん、急に言われても特に無いかなぁ」
ナルマは先程果南にしてもらったように、手で優しく撫でながらシャワーで泡を洗い流した。
「無欲なのか、手に入らないと思って最初から諦めているのか。分からんな。強欲な人間はどれほどの願いを叶えた所で死ぬまで満足することなど無いと言うのに」
ナルマはボディソープを手に出しながら言った。
「なんか随分と難しいことを言うんだね。ナルマちゃんはわひゃッ!?」
ナルマが果南の背中からお腹の方に向かってヌルリとボディソープを纏った手を滑らせると果南の身体がビクンと震えた。
「ナルマちゃん、背中だけで良いから」
「何故? 背中だけ洗うのでは意味が無かろう」
「くすぐったいし恥ずかしいから、ね。前は自分で洗うよ」
果南が両腕で自身の身体を抱きしめるように庇うのを見たナルマは手を引っ込めて言った。
「まぁ、果南がそれで良ければワシは構わん」
ナルマは言われたとおりに果南の背中を洗い始めた。
「ねぇ、ナルマちゃんはどんな夢があるの?」
「ワシか?」
呆気にとられたナルマはシュロロロと音を立てながら笑った。
「ワシに夢を聞くか。夢は聞かされるものとばかり思っていたが、まさか聞かれることになるとは」
ナルマは笑うのを止めてから言った。
「ワシの夢は自由になることだ」
「自由になること? どういうこと?」
「そのままの意味だ。ワシは色々事情があって蛇ノ目から出ることは出来ない」
「え、病気とか?」
果南が恐る恐る尋ねると、ナルマは少し唸ってから答えた。
「まぁ、人間からすれば病気のようなモノかもしれんな。何もせずにワシがこの土地から離れすぎると、ワシがワシで無くなる可能性がある」
果南はナルマの言っていることが良く分からなかったが、安易に踏み込んでいいのか判断ができず聞きに徹した。
「だが、蛇ノ目を出る方法はある」
ナルマは果南の両肩に手を置き、耳元に顔を寄せると囁いた。
「それには果南、お前の力を借りる必要がある」
ねっとりと絡みつくような、けれど胸焼けしそうな程に甘く、思わず眠りそうになる心地良いナルマの囁き声が果南の心を揺すぶった。
「果南の、力を?」
ナルマは果南の背中に身体をピタリと合わせながら言った。
「あぁそうだ。これは果南にしか頼むことが出来ない」
「果南に出来ることなら手伝ってあげるよ」
果南の返事を聞いたナルマは黄色い目を一瞬だけ光らせて不気味に笑った。
「ありがとう果南。だが、ワシが果南の力を借りるだけだと色々厄介なことがあってな。『契り』だ。互いの願いを叶えるのに妥当な『契り』が無いと困る。『契り』でないとワシの」
ナルマはそこまで言ってから一度考え直し、続きを言うのを止めた。
「『契り』?」
「約束のことだ。ワシが果南に一方的に協力して貰うのでは少々問題がある。だから、ワシはワシで果南の願いに協力をしたいんだ」
「うぅん、そう言われてもなぁ。特に思い付かないよ」
「こういうのはどうだ? 果南が成人するまでの間、命に関わるようなあらゆる厄災からお前を護るというのは」
「命に関わるようなあらゆる厄災から護る?」
「そうだ。人間というのは誰もが事故や病気や事件で突然死ぬことがあるだろう? 実際そうなる可能性は低いとは言え、ゼロとは言えないだろう?」
「うぅん、まぁ、そうだね」
「そこでワシの出番だ。ワシと『契り』を結ぶことで、果南には常に神の御加護があるというわけだ」
その時、ナルマの直感が囁いた。
誰かに入れ知恵される前に、より強力な『契り』を結ぶことで第三者の介入を不可能な状態にするべきではないか?
一番の懸念事項である草薙の人間に貸しを作ることで、草薙の刃が二度と自分に向けられることのないように出来るのではないか?
「ここまで全ての条件が揃うことは今後無いだろう」と確信したナルマは、最小限のリスクで最大限のリターンを得られる提案をした。
「分かった。果南だけでなく、お前の両親と”まこにぃ”と”ゆうねぇ”も護ると約束しよう」
「マコ兄ィとユウ姉ェも?」
「あぁ。詳しいことは話せないが、今のワシにとって『命に関わるようなあらゆる厄災から護る』と誓えるのはそのぐらいが限界だ」
「ふぅん」
分かったような分からないような感覚に、果南は上手く言葉が出てこなかった。
「そうだ。『契り』を結ぶ前に言っておかねばな。『命に関わるようなあらゆる厄災から護る』とは言ったが『命に関わらない厄災』と『自ら足を踏み入れたことによって降りかかった厄災』はワシの『契り』の範疇ではないからな」
処理能力を超える情報量が一度に押し寄せてきたために、果南の頭の中のパソコンからボンッと煙が出た。
「ナルマちゃんの言ってることが良くわからないんだけど、どういうこと?」
「『命に関わらない厄災』というのはそのままだ。例えば、カラスに糞を引っ掛けられるようなもののことだな。確かに不幸ではあるが命に別条はないだろう?」
「うぅん、そうだね」
「そういうのはワシの力ではどうしようもない。どうしてもその条件を飲めと言うのなら、果南だけが対象になるしワシの要求もさらに上げさせて貰う」
「うぅん、良くわかんないから大丈夫」
「そうか。それで良い。そしてもう一つ。『本人の意志に関係のなく降り掛かってきた命に関わる厄災からは護ってやる』が『自分から命を危険に晒したような場合は護らない』という意味だ」
「ん、んん?」
今ここで果南の機嫌を損ねるわけにはいかなかったナルマは不満を表情に出さずに言った。
「まだ分からんか? 『猟師に鹿と間違われて撃たれるような不幸からはワシが絶対に護ってみせる』が、『お前達が自分から撃たれるように挑発をしたり、間違われるような振る舞いをしていたらワシは知らん』ということだ」
「そんなことしないよ」
「マトモな神経をしていればそんなことするはずはないが、人間は時として知的好奇心なのか正義心なのか分からんが、自ら危険に飛び込む生き物だからな。そこまで約束することは出来ないという話だ」
「ふぅん。んん」
果南が納得していない様子を見せたのでナルマは優しく聞いた。
「なんだ? まだ何かあるなら言ってみよ」
「えっと、ナルマちゃんにお願いすると、どうして果南やマコ兄ィ達が不幸な目に遭わなくなるの?」
「それは」と言いながら、ナルマは果南の頰を擦りながら自分の目を見るように仕向けた。
「ワシが蛇ノ目神社の関係者だからだ。神は訪れた人間に優劣をつけるようなことはしないが、果南達のように神社の掃除に励んだり、行事に励んだ者達にはそれ相応の待遇をするものなんだ。神は何時だってお前達のことを見ているが、ワシからも伝えておいてやろうという話だ」
ナルマの両目を見ている内に、突如果南の視界がグワングワンと回り始めた。
椅子に座ったままなのに浮遊感を感じた果南はナルマの身体にしがみついた。
「あ、あれ?」
「掃除の疲れが出たのだろう。まぁ長話はこのぐらいにしておこうか。さぁ、右手の小指を出せ」
果南はグワングワンと回る世界の中で、言われた通りに右手で指切りの形を作ると、ナルマがそれに合わせて右手の小指を絡めた。
「鳴萬我駄羅は果南と果南の両親、果南の友二人を五年の間、命に関わるあらゆる厄災から護るとここに誓う。大場果南は代償として、成人した日に鳴萬我駄羅にその身体を器として明け渡すことを誓う。今ここに『契り』を結ぶ」
「ん、え?」
果南が疑問を口にするとナルマは果南の両目を睨みつけた。
「”ワシのために協力すると言った”ではないか」
「確かに”協力する”とは言ったけど」
果南の続きの言葉を遮るように、突如目も開けられない程の閃光が果南とナルマの絡めた小指から発せられた。
思わず顔を伏せようとした果南が最後に視界の端に捉えたのは、生気も少女らしさも何一つ感じられない、無機質で不気味な笑顔を浮かべているナルマの顔だった。
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