第47話 ふたりの変化

 何の気無しに、バルコニーに出てみる。

 イクスに救われたあの日から、ミリエラは夜が好きになっていた。

 十三年前のあの夜――魔術災害イレクト・ディザスターが起きた夜――から、彼女にとって夜とは後悔と恐怖の対象であり、夜が来るたびに思い起こされるその念に苦しんでいた。

 しかし、そんなトラウマとも呼べるそれを、イクスはいとも簡単に壊してくれた。


(いえ……違いますね)


 正しく言うなら、向き合うきっかけをくれた、のだ。

 ただ怯え、嘆き、暴力に屈することで自身の力から逃げるだけの、日々に。

 未来に向け、ぎゅ、と拳に力が入る。


「やあ」

「ひゃぁっ?!」


 突然、空からイクスが降ってきた。

 予想外の出来事に間抜けな声が出てしまう。


「す、すまない。そんなに驚かせるつもりはなかったんだ」

「いえ、その、だいじょぶです」

「リーファが部屋から出るなと鍵を掛けてしまってな。窓から出てきた」

「いや、ダメじゃないですかぁ」

「どうしても、君に会いたくてな」

「え?」


 吸い寄せられるように、イクスの方を見てしまう。

 月明かりの下、柔和な笑みを浮かべる彼を見ていると、どことなく気恥ずかしくなる。


「今回のことだが――」

「もうっ、それはもう謝らないでくださいって言ったじゃないですか」


 帰り道からずっとイクスは謝罪しっぱなしだったので、流石のミリエラも毅然とした態度を取らざるを得なかったのだ。


「あぁ、わかってる。そうじゃないんだ」

「違うんですか?」

「君はかなり……いや、少し? 変わったな」

「ど、どっちなんですか……」


 うーん、と考え込むイクス。


「小さいようで大きな、と言うのか、小さくても重要な一歩、と言うのか……ともかく、そんな感じだ」

「意味はなんとなく、わかりますけど」

「あの時、魔法を使ってからの君は、何かを受け入れたように見える」

「……」


 図星ではあった。

 だがそれはあくまでもミリエラの中での決意であって、外に漏らしたつもりはなかったのだが。


(そ、そんなにわかりやすかったんでしょうか……っ)


 顔が紅潮しているような気がする。


封忌魔術アンフェイルを不用意に使って暴走しかけた俺を見ても、君は俺を主だと言ってくれた」

「そんなの……当たり前です」

「このあかい目はうちの家系の特徴でな。封忌魔術アンフェイルに強い耐性があることを示しているんだ。最も、禁忌として扱われているから、使う機会は無いに等しいが」

「イクス様にも、そういう力が……」

「あぁ。だが――俺は力に飲まれかけた」

「あれは! イクス様のせいじゃないです」

「それでも……力を終始他人のために使おうとした君とは大違いだ。俺も……己の力を向き合わなければならないと、思わされた」


 そう言ってイクスが俯く。

 この一件で彼の得た反省や後悔は、きっと多くあるのだろう、とミリエラは感じる。


 だからこそ――――ミリエラはイクスに、笑顔を向けた。


「じゃあ、私たち、一緒ですねっ」

「一緒?」

「はい! 自分の中の力と正しく向き合おうとする仲間、ってことです!」

「一人じゃないのは、心強いな」

「そうですよっ。私たち、家族、なんでしょう?」


 一瞬、ぽかんとするイクス。

 が、次の瞬間には照れくさそうな表情を浮かべていた。


「……そうだな」

「一緒に頑張りましょうね」

「あぁ」


 二人で夜空を見上げる。

 血の繋がりも何もない関係性だが――だからこそ、自分たちで認め合い、紡いでいく家族と言う関係性が心の支えになる。

 他者から見れば歪かもしれないが、今のミリエラはそう感じていた。

 きっと、イクスも。

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