第46話 ミリエラの決意

「――ふぅ」


 一人になると、否応なく孤独や不安に苛まれていた。

 だから、今のように部屋で一人になるのも実はあまり好きではなかった。

 ……これまでは。

 だが今回の一件を経て、ミリエラの内からはその感情が綺麗に抜け落ちていた。

 一人の時も、一人ではないんだと感じられるようになったのだ。


 耳を傾けてみる。


『選択を、悔いていないか?』


 男性とも女性ともつかないような声が聞こえる。

 姿は見えない。無論、人の声ではない。

 精霊の声だ。

 もう、ミリエラは自身の意思一つで精霊の声を聞けるようになった。


 正確には、これまでもやろうとすればできていたそれを、真に受け入れられたと言うだけだが。


「はい。私の力が何かの、誰かの役に立つのなら、使っていきたいと思ったんです」

『君の力は今の世界においては特殊だ。きっと苦労をする』

「……これまでが、楽をしてきただけなんですよ」

『ほう』


 ミリエラは苦笑を浮かべる。

 アーギュスト家で幽閉生活を強いられていた頃。

 あの頃は、ただ苦しみから逃れたくて、古書の世界に逃避していた。

 イクスに救われてから、初めて誰かの役に立つことが出来た。


 アーギュスト家での理不尽な日々は、イクスもリーファも同情してくれた。

 しかし、自身の能力を知ってしまった今となっては、これまでの日々は単なる怠慢だったのではないかと思えてしまう。


「やろうとすれば、逃げられたはず……ですから」


 ティアを喪って折れた心はひとりでに戻ることはなく、半ば共依存的に現状に甘んじていた。

 だが。

 忌むべきものだと憎まれ嫌われていると言うことは、それだけの『何か』を持っていると言うことの証明に他ならない。


(私は、それに気づこうともせず……最終的には、イクス様に怪我をさせてしまいました)


 外を見つめる。

 夜の綺麗な星空だ。

 イクスに救われた、あの夜と同じく、綺麗な。


「これからは私、逃げません」

『そうか』

「魔術もがんばりますし、メイドのお仕事もがんばります。そして……魔法のことだって」


 ナイトヴェイル家の皆の顔が思い浮かぶ。

 皆、ミリエラを対等な人間として扱ってくれた。

 そんな人たちのために何かできたら嬉しいし、彼らが傷つくところなんて見たくもない。


『想像以上の苦難が待ち受けているかもしれないぞ』

「良いんです。初めて――生きる意味が、見つかった気がするので」


 表情が綻ぶ。

 この先に苦難が待ち受けていたとしても、それが生きると言うことなんだと、今ならわかる。


『私たちは万能ではない。君の願いを全て叶えられるなどと約束はできないぞ』

「そんな約束、してもらったら困ります」


 むっ、と軽くむくれてみる。


「精霊さんのお力だけじゃなくて、私のできる全てで、何とかしていきたいんです」

『そうか』

「頼れる家族も、いることですし」

『……まぁ、我々はいつでも見守っているよ』


 側に感じられていた気配が消える。

 心細くは、ならなかった。

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