第45話 あの夜

 恐る恐る、と言った口ぶりになってしまった。

 もしかすると、自分から聞かないほうが良かったかも知れない。

 後悔が押し寄せそうになったところで、イクスが答えた。


「あぁ。リーファたちに調べてもらっていてな。概ね把握している」

「そう、ですか……」

「すまない」

「ど、どうしてイクス様が謝るんですかっ」

「君に隠れて調べさせていたからだ。ミリエラは話そうとしないから、きっと言いたくないんだろうとは思っていたが……」

「それは、その、えっと……あまり、いい話ではない、ですし」

「本来なら、君の意志を尊重すべきだった。調べたのは……俺の身勝手だ」


 二人して口ごもってしまうが、そこでリーファが助け舟を出す。


「イクス様は、新しく迎え入れたミリエラの事が気がかりだったのよ。その魔法の力も、これまで悪用されていたかも知れないし、今後悪用されるかもわからない。何かに巻き込まれていたのだとしたら救いたいと……貴女の力になりたいと、事実を知るために調べていたの」

「そう、だったんですね……」


 改めて二人を見る。

 彼らがバツの悪そうな顔をしているのは、知った事実が恐ろしいものだったからではなく、ミリエラに内緒にしていたことが原因のようだった。


「あの、私の事は、何とも思わなかったんですか……? こんな、わけのわからない力……」

「訳の分からない力じゃないさ。俺は十三年前の魔術災害イレクト・ディザスターの夜、君に救われたんだ」

「え? でも、あの夜は多くの人が死んだって……」

「あぁ。だが、そもそも敵が発動していた戦略級魔術に掛かり、既に全滅の危機に瀕していたんだ。俺と、君の父だけが助かっただけでも奇跡なのに、目覚めたら敵方が全滅していた。二重の奇跡としか言いようがない」

「そう、だったんですか」


 腑に落ちない、と言いたげな口調になってしまう。

 それもそのはず、あの戦闘からたった一人帰還した父ジョイルは人が変わり、常に何かに怯えるようになってしまったからだ。

 あの日以降ジョイルの姿を見たのは数えるほどだったが、とても奇跡を体験した人間の末路には見えない。


「君が信じられないのも無理はない。俺の妄言だと言われても、否定しようがない。だが事実だ。それに俺は……あの日の自分は偶然生き残ったのではないと知れて、良かった」

「イクス様……」

「戦場では生きるも死ぬも偶然に左右される。誰かに助けられると言うのは、返しきれない恩なんだ」

「私は何も……きっと、イクス様が強いから、助かったんじゃないでしょうか……?」

「だとすれば、俺より強い父と母の方が生き残っただろうさ」


 遠くを見るように視線を逸らすイクスだが、その目には強い意志が感じられる。


「あの時は、偶然助かった命だから誰かのために使い尽くそうと決心した。だが今は違う」


 ミリエラを見つめるイクス。


「俺はきっと、救われたんだ。だから今後は――きちんと生きて返そうと思う」


 恐らくイクスも魔法について詳しくはわかっていないだろうが、彼の言葉は鮮明だった。


「そう思い直させてくれたのは君のおかげだ。真実が何だろうと、俺は君に感謝している。ミリエラ」

「……ありがとう、ございます」


 この忌むべき者だとして疎まれてきた魔法の力が、誰かを――イクスを助けた力だった。

 もちろん、確証はない。

 だけど、彼の掛けてくれた言葉は、ミリエラが小さな一歩を踏み出すには充分すぎるものだった。


「なら、私も……もっとこの力と向き合いたいです」

「俺に出来ることなら何でも協力する」

「私もよ。いつでも頼ってちょうだいね」

「イクス様、リーファさん……ありがとうございます、がんばります!」


 早速、と言う感じでミリエラが言う。


「あの、魔法を使ってから、精霊さんたちの声がよりはっきり聞こえるようになってしまって……」


 困り顔のミリエラだが、聞いた二人の方も困り顔になる。


「ふむ……王宮の禁書庫から情報を集めてくるか……」

「他国の伝承も調べ尽くせば、何か分かると思うわ」


 かと思えば、熱心にぶつぶつと会議を始めてしまった。


「お、お二人ともっ、無茶はしないでくださいねっ?!」


 二人と見合って、思わず笑ってしまう。


 きっと、心の奥で求めていた日常しあわせはここにある。

 ミリエラはそう感じていた。

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