第39話 真実と、想い

「貴様だったか。ゴドール・エルコビッチ」


 冷淡な声がゴドールに向けられる。

 ゴドールと他二人が行動を起こすより早く、瞬きすら許さない速度でイクスの投げナイフが飛ぶ。


「ぐっ」

「ぅあっ」


 それは黒服の二人の喉元へ正確に突き刺さり、絶命させた。

 ゴドールは躱してこそいたが、左肩を掠めたようで血が滲んでいる。


「フン……《鮮血》めが……いや、その醜悪な赤目、他国で恐怖されている《血の魔眼イーヴィル・ブラッド》の名で呼ぶべきかな?」

「言葉を交わす気はない」

「おお、怖い怖い」


 イクスが再び剣を構える。


「投降する気は、無いようだな」

「それはこちらの台詞だ、イクス・ナイトヴェイル。後ろでへばってるゴミを見捨てて私のもとに下るなら、命だけは助けてやらんこともない」

「従うと思うか?」

「いいや。全く」


 ゴドールの言葉を聞き終わるより早く、イクスが魔術を起動しようとする。

 その動きには、怒りが籠もっていた。


起動イレクト――」

「『魔法』」

「何?」


 が、ゴドールのその一言で動きが止まる。


「その女は魔法が使えるだろう? 既に滅びた禁忌の法だ。醜い翡翠色の目がその証」

「貴様、何を知っている」

「何もかもさ。……ククッ、むしろお前の方こそ何を知っているのかな? そうだなぁ。例えば。お前の両親が死んだ十三年前の《魔術災害イレクト・ディザスター》。アレは高確率で魔法がキッカケで起きただろうと言うことは?」

「……何が言いたい。その程度、既に知っている」

「ではぁ。ミリエラ・アーギュストが魔法の使用者である可能性が高い。と言うことは?」

「……」


 イクスが黙り込む。

 知らなかったのか、他の意図なのか、ミリエラは量り損ねる。


(って、ちょっと待ってください……)


 イクス様のご両親が、既に亡くなられていた……?

 しかも十三年前って、あの夜が、あった、年……。

 私は一体、何をしてしまったの?


「あの、イクス、様……わた、しは……?」

「気にするな、ミリエラ」


 混乱するミリエラを見て、ゴドールが高笑いする。


「はははははははは、愚かな魔女だなぁ! 飼い主にな~~~~~~んにも知らされてなかったと言うことか! ぬくぬくと人間のフリができた気分はどうだ? 周りの人間はお前のママゴトに付き合わされてたってことだ。あぁ虚しいねぇ。哀しいねぇ」

「そんな……嘘……」

「聞くな、ミリエラ」

「ぶはははは! 自分の真実に対して耳を塞げとは、酷いことをするじゃないかイクス・ナイトヴェイル! もっとたんまり聞かせてやってはどうかね? 魔法は大量虐殺の忌むべき法だと言うことを!」

「いやだ、ちがう……」

「違わない。見たところ貴様は付け焼き刃で魔術を学んでいるようだが? おかしな・・・・ところは無かったのかね? 例えば~、威力が大きすぎる、とか」

「あ、あれは、そんな……ことじゃ、ないし、あはは、ちがう、ちがう……」

「おやおやおやおや? 思い当たる節があるようだなぁ! そうだ、貴様は人外の化け物、忌むべき魔女だ!」

「黙れ」


 イクスが静かに怒鳴る。声に震えがあった。

 逃避しかけていた現実に、戻される。


「しかしナイトヴェイル家も落ちぶれたなぁ! この程度の事も知らんとは――」

「知っている」

「……ほう?」

「全て、知っている」

「ほう。ほう。ははははっ、と言うことは、知っていた上でその魔女とママゴトをしていたと!? それは愉快な遊びだなぁ!」

「それ以上口を開くな愚物」

「誰に口を利いている、小僧」

「口を開くなと言ったのが聞こえなかったか? 貴様が辿り着ける程度の事実、既に知っている」


 知って……いる?

 そんな。

 じゃあ私は、やっぱり、化け物だったんだ。

 アーギュスト家での私が、真実ほんとうだったんだ。


 気力が失せ、目から生気が抜ける。

 張っていた気が無くなると、体中の痛みを遮るものがなくなり、倍以上に感じる。

 もはや、指を動かすことすら困難だ。

 世界から色が褪せていく。


「十三年前の事は、そもそも情報が足りなさ過ぎる。ゴドール、貴様も証拠は得られていないんだろう?」

「……あんなもの、状況証拠で充分だ! アレはどう見ても魔術ではなかった!」

「だったら何だ?」

「禁忌である魔法。その使い手は、管理しなきゃあ、ならんだろう。あぁ~、そもそもお前も管理それが目的か!」

「違う」


 明確に言い切るイクス。

 吸い寄せられるように彼の方を見ると、彼と目が合う。

 イクスが表情を綻ばせながら、続ける。


「俺がミリエラを保護したのは偶然だ。だが……その過程で、俺は、俺たちは君を知った。俺たちの知るミリエラは、忌むべき者でも、邪悪な魔女でもない。君は、他人思いの優しい女性だ」

「私は……そんな立派な人間じゃ、ない、です……」

「立派な人間なんて、この世に居やしないさ。俺は、他の人間や君自身が君をどう思っていようと、俺の信じた君を信じている」

「イクス様……」


 あまりにも真っ直ぐな瞳だった。

 つい、彼が信じてくれた自分を信じたくなってしまうほどに。


「フン、ガキの戯言は聞くに堪えんな。まぁこの状況だ。残念ながらお前には死んでもらう」

「貴様程度に俺が殺せると? 笑わせるな」


 イクスが再び剣を構える。

 ミリエラの目にも、再び小さな光が宿った。

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