第40話 差

「……どうして、そんな変なところで、自信があるんですか……」


 ぽつりと呟く。

 不器用極まりない言い方だったが、イクスが自分を信じてくれていることは強く伝わった。

 忘れたい過去。

 逃げたい過去。

 でも、逃れられないのかもしれない。


「ミリエラ」


 イクスが独りごちるように言う。


「少し、待っていてくれ」


 優しげな声だった。

 こくり、とミリエラは頷く。


「さて、別れは終えたかね?」

「もう貴様の話を聞く気はない」


 ゴドールが床下に隠してあった剣を足で弾き、手に取る。

 だが、イクスの方が速い。


起動イレクト――加速アクセル


 短い詠唱が終わると同時にイクスが消え、蒼い目の発光だけが流星痕のように残る。


イレ―」

「終わりだ」


 加速を伴った一撃を辛うじて防ぐゴドール。

 しかし半端な詠唱で実行せざるを得なかった加速アクセルの影響は免れない。

 筋や関節の痛みを受け、ゴドールの顔が歪む。


「忌々しい……この魔女がお前のところに行っていなければ、もっと楽に回収できたものを……」

「残念だったな。――加重速アクセラス・グレイヴ


 加速アクセル加重グレイヴの多段魔術で強化した剣戟がゴドールの脳天を襲う。

 防ごうと持ち上げられた剣ごと叩き伏せるイクス。

 ゴドールはそのまま壁の端まで吹き飛ばされ、激突し、沈んだ。

 剣は真っ二つに折れ、頭頂からは血が流れている。

 圧倒的な力の差だ。

 仮に殺す気で相対していれば、ゴドールは既に二度は死んでいるだろう。


「まだ、だ……」

「無駄な抵抗はよせ」


 ゴドールは先の折れた剣を手繰り寄せ、柄を握る。

 何をしようとしているのか、目は見開いており、肩で大きく息をしている。


「ここで捕らえられれば、どのみち私は死罪だ……それなら、それなら――ッ」


 狂気を滲ませた声で唸ると、ゴドールは折れた剣を自らの腹部に勢いよく突き刺した。

 そして、


封忌魔術アンフェイル起動イレクト

「なっ、貴様、それは禁忌の――」


 完全に優勢だったイクスに動揺が走る。

 ニヤリと笑ったゴドールの目が、赤く・・発光していく。


「はハ、ハはハ、どウせ、死ぬなラ、道連れダ――!」


 剣が溶け、人体と融合していく。

 その肉体もぼこぼこと膨張し、おぞましい形を取る。

 口は裂け、半端で歪な牙が生え、目は片方だけ肥大化。

 右腕は剣と不自然に融合し、爪のような何かになっている。


 その姿はまるで、


 魔獣だった。


「ひっ」


 根源的な恐怖を感じ、ミリエラは震える。

 だが、そのか細い声をゴドールは聞き逃さない。


「魔女めガ。お前のせイで全てが狂ッた。死ネ!」


 捨て身の特攻だった。

 右腕を振りかぶり、一直線にミリエラの元へ加速してくる。

 あらゆる詠唱を不要とする封忌魔術アンフェイルの下では、三重、四重もの魔術を重ねがけできる。

 当然代償は計り知れないが、死を覚悟したゴドールにとっては問題にならない。


「ミリエラ――」


 死にものぐるいでミリエラを殺しに掛かるゴドールの速さは、イクスですら追いつけない。

 おぞましい異形が眼前に迫り、世界がスローモーションになる。

 祈るかのように、目が閉じてしまう。

 死ぬ。

 殺される。

 そんな。

 こんな、ところで――?


 ぐしゃり、と肉が裂ける不快な音が聞こえる。

 痛みは、ない。


「え」


 嫌な予感が脳を暴れ回り、恐る恐る目を開ける。


「うそ……イクス、様……?」

「良か、った……間に、合った……」


 目の前には、ミリエラを庇うように立ち塞がるイクスがいた。

 幾本もの爪が彼の背から貫通している。

 びちり、と筋が切れる音が鳴り、イクスの足元が揺らぐ。

 だが、彼が膝をつくことはなかった。


「ふは、ふハハ、馬鹿ガ! 自ら死ニに来るトはなァ!!」


 爪が引き抜かれ、ゴドールはあまりのおかしさに狂喜する。

 それを無視し、一歩二歩とミリエラによろよろと近づくイクス。

 口元から血を流しながら、イクスが懸命に言葉を紡ぐ。


「言った、だろ……必ず、守る、と……」

「で、でも、これじゃ、イクス様が……」

「大丈夫、だ……奥の手が、ある」


 優しく微笑み、イクスがミリエラの頬に触れる。

 一瞬だけ笑ってみせると、次には複雑そうな表情を見せた。

 知られたくない、と言いたげな顔だ。


「ミリエラ」


 イクスの手が離れる。

 そして、懇願するような声で言う。


「少しの間……俺を見ないでくれ」

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