第32話 バルコニーにて 前編

――


「つ、つかれまひたぁ……」


 その後女子トークから何とか解放されたミリエラは、誰もいないバルコニーで一人くたびれていた。


(イクス様、近寄りにくい雰囲気が人気なんですね)


 ファンクラブ三人の会話を思い出す。

 家でのやり取りだけだとそういった印象にはならないのだが、外で見れば確かにそうかもしれない。

 自身を救ってもらった時も、射殺すような鋭い灼眼が印象的だった。

 思い出すように空を見上げると、その時のような星空がそこにあった。


「……綺麗だな」


 聞き慣れた淡い男声。

 ん? これは……


「い、いいイクス様!?」

「疲れていないか? 水だ」

「あ、ありがとうございます」


 そう言ってグラスを差し出すイクス。

 冷たい水で喉を潤すと、頭に気力が戻っていく。

 ついでに、最初のイクスの言葉を思い出した。


「綺麗……?」


 え、もしかして私?!

 いやいや、こんなくたびれモードの私が綺麗とかそんなワケ……

 でもここには私しかいないし……

 そうか! お世辞です、お世辞!

 うーん、いや、お世辞でそんなことを言うような人でしょうか……?


 突如混乱し始めるミリエラ。

 だがイクスは何事も無いように続けた。


「ああ。綺麗な星空だ」

「星空」

「?」


 間抜けな声が出てしまった。

 イクスもハテナマークを浮かべている。


「あ、あぁ~! 星空ですよね! 星空綺麗です!」

「うむ。この建物は立地が良い」

「なるほど」


 改めて星空を見上げてみる。

 確かに満点の星空だ。

 バルコニーは街側ではなく森側に設置されており、下の暗がりのおかげで星空がより映えて見える。

 すごい。


「綺麗……!」


 思わず感動の声が出てしまった。

 そんなミリエラを見て、イクスが思わず吹き出す。


「ふふっ、おかしな反応をするんだな」

「うぐ」


 勘違いしていたとは言えず、閉口してしまう。


「平気そうか?」

「何が……ですか?」

「こういう場だ。もしかすると、抵抗感があるかもしれないと思っていてな」

「……」


 そう言われ、過去の幽閉生活が過る。

 でも、言われるまで忘れていた。

 なんでだろう……。

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