第21話 その頃、ヘンデル家
「なんでカネが届かねェんだ!!」
リチャード・ヘンデルが執務室で行き場のない怒号で喚く。
「あのクソ魔女をバカ共に渡してから一週間だ。音沙汰なしってのはおかしいだろうが!」
執事のジョンを呼びつけ、抜いた腰の剣を突きつける。
「いい加減、ジョイルのカスは何か吐いたんだろうな?」
「……申し訳ございません坊ちゃま。そちらの方はまだ……向こうも事態が飲み込めていないようでして」
「この無能が! この場で叩き切ってやろうか!?」
「し、しかし王都での調査で一つわかった事がございます」
リチャードは気が短い。
ヘンデル家に長く仕えているからと言って身分が下の者には何の感慨も抱いていないし、単なる道具としてしか見ていない。
「くだらねェことだったらブチ殺すぞ」
「あの魔女――ミリエラ・アーギュストの輸送を任せていた二人が逮捕されていました」
「……何?」
そんなはずはない、とリチャードは部屋をうろつき始める。
「あのルートは、あの方が直々に指定してきたルートだぞ? 魔術騎士団の哨戒ルートからは絶対に外れているはずだ」
「この情報に関しては間違いございません。人攫いの重罪人としてあの《
そう言ってジョンは資料のコピーを取り出す。
剣を仕舞いそれを読み終えたリチャードは、わなわなと震え始めた。
「あ~~~のゴミカス共が! 洗いざらい吐きやがって、これだから平民のクズは使えねェ」
「そちらに関しては、あの方が対処してくださるそうです。彼らは精神病を患っており、ヘンデル家に恨みがあるせいで虚言を吐いた、として精神病院に入院。そこで不慮の死を遂げる事になっております」
「ハハッ。当然の報いだ。このオレに楯突いて生きてられると思ったら大間違いだ!」
ギャハハハハと、およそ貴族とは思えないほどに下卑た笑いをするリチャード。
執事のジョンも、あまりに醜い笑いに思わず目を伏せる。
「お兄様? お金は手に入りましたの?」
「イザベラ!! イザベラ、あぁ……今日も美しいなお前は! クズ共のせいで腐りかけた魂が見事に復活していくよ!」
「うふふ、光栄でございます。お兄様、
兄と同じ黒髪の女性。その長髪から覗く相貌は美しさこそ並外れたものだが、今は凍えそうなほどの冷徹さを漂わせている。
そしてイザベラと呼ばれた彼女は一枚の書面を取り出した。
それは、ある公爵家と交わした守秘義務に関する契約書だった。
「おぉ。ミラー家のバカはついに引っかかったか!」
「私の美貌を持ってすれば、たかが騎士と言うだけで公爵まで上り詰めたような家の男など、転がすのは簡単ですわ!」
「ハハハ。んで? 今回の
「八百万ロックスですわ。一時でも私とお兄様の愛に割って入ったのです。罰金としては安すぎますわね」
二人は顔を見合わせ、またも下卑た笑いを繰り広げる。
「ですが、あの宝石を競り落とすには二千万ロックスは必要……私の小銭より、お兄様の今回のお仕事の方が実入りがよろしいのではなくって?」
「あぁ、アレの引き渡しが完了した時点でまず八千万ロックスは入る予定だった……」
「だった?」
イザベラの声が低くなる。一方でリチャードはバツの悪そうな顔だ。
「どうやらバカ共が失敗しやがったらしくてな……悪ィんだが、今回のオークションは……」
しかし、それを遮るようにイザベラが金切り声を上げて地団駄を踏む。
「ふざけないで!!!! ヘンデル家が公爵になるなら、あの宝石は絶対に必要だって言ったでしょう!?!? 周りのゴミ共を一蹴しなきゃいけないのよ、私は!!」
「あぁ、わかってる。わかってるよ、愛しいイザベラ……だからそんな顔をしないでおくれ……」
赤子を宥めるようにするリチャード。だがイザベラのヒステリックは到底収まらない。
「オークション開始までもう時間がないのよ!? アレは絶対に競り落とさなきゃダメ。お兄様も分かってるでしょう!?」
「もちろんだ。もちろんだとも。……おいジョン!」
「……ははっ」
「あのクソ魔女を必ず見つけ出せ。絶対に売り捨ててカネを手に入れる。それとアーギュスト家だ。アイツらにもきちんと責任を取ってもらわなきゃなァ」
「承知致しました。いずれも、迅速に行動致します」
言い終えるや否や、ジョンは逃げるように執務室を去る。
その後執務室から僅かに漏れ出た嬌声は、いつも通り聞かなかった事にした。
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