第20話 贈り物

――


「うぅっ」


 目が覚めると、綺麗な布地の装飾が目に入ってきた。

 それがベッドの天蓋だと気づくのに、しばらく時間が掛かる。

 ここは……


「大丈夫か、ミリエラ」

「あ、はい……大丈夫です……って、イクス様ぁあぁぁっ……!?」

「ど、どうした」


 どうしたもこうしたもありませんっ!!!!

 と言おうとしたが、混乱で舌が回らなかった。


(私、さっきまでお風呂に……っ)


 起き上がり、ばばばっと体を確認する。


「き、着てる……」


 髪はまだ少し湿っていたが、体に水滴はなく、白調の寝巻きを着せられていた。

 のぼせてしまったせいで、少し火照ってはいたが。


 のぼせて?


「そうだ、私、のぼせて」

「あぁ。リーファから聞いた。何か飲むか」

「ではお水を……」

「わかった」


 頷くと、イクスは水を注いだグラスを口元まで近づけてきた。


「飲めるか?」

「あ、はい」


 そのままこくこくと飲む。熱を持った体にひんやりとした爽快感が染み渡る。


「おいしい……」

「良かった」


 少し安堵した表情になったイクスは、飲ませたグラスをひとまず机の上に置く。


(ん?)

(私今、お水を飲ませてもらった……?)


「あわわわ、すみませんっ、イクス様に飲ませてもらうなんて、こんなこと……」


 不敬と言うか失態と言うか、おそらくメイドがしてもらうべきではない行為だ。

 ……それに、なんだか小さい子供みたいで、ちょっと恥ずかしい。


「問題ない。……顔が、赤いぞ」

「えっ」


 そう言って額と額をぴたりとくっつけてくるイクス。

 そのまましばらく目を閉じ、ふむ、と唸る。


 ち、ちちちち……近いっ。

 彼のしなやかな銀髪が肌をくすぐる。

 超至近距離で見ると、容貌の端正さがありありと見て取れた。

 しかもそのきめ細やかなな肌は女性顔負けだし、上腕や胸筋は服の上からでもはっきりとした隆起が感じられる。


「え、あわわわ」

「よくわからないな」


 額を離し首を傾げたイクスは、次にその手をミリエラの額に当ててきた。

 思ったより大きな手だ。

 訓練と実戦によって鍛え込まれたその手指には、癒えきらない無数の小さな傷跡がある。


(この手が、私を守ってくれた手……)


 ぼふ、とミリエラの頭から湯気が出る。


「?? 熱が上がったような……」

「き、きき気のせいですっっ。その、私は大丈夫です!」

「なら良いが……介抱していたリーファも、心配していた」

「うぅ、お騒がせして申し訳ありません……」


 縮こまるミリエラに、イクスは口元を綻ばせる。


「構わない。君は既に、うちの一員なんだからな」


 嬉しい言葉だ。

 ここへ着て一日。何度かこの言葉を掛けてもらったが、その度に感情が込み上げてきて、つい瞳がうるうるとしてくる。


「……目にゴミでも入ったか?」

「いえっ違います……あ、いやっ、そうです! そうですそうです! あっえっと取れましたもう大丈夫です」

「?? なら、良いが……」


 二転三転して誤魔化したミリエラにハテナを浮かべていたイクスだったが、思い出したように箱を取り出す。

 リボンで封をされた小さな箱。どう見てもプレゼントだった。


「良ければ、これを受け取って欲しい」

「私に、ですか……?」

「我が家では、自らが雇ったメイドに対して、最初に贈り物をすると言う風習があってな」


 そう言い、すっと差し出してくる。

 風習と言われてしまえば断る理由もないため、ミリエラは素直にそれを受け取る。


「ありがとう、ございます」

「開けてくれていい」

「あ、はいっ」


 開けると、そこに入っていたのはネックレスだった。

 静かにあかく光る楕円形の宝石が一つ。その周りを銀の装飾が縁取っている。

 その装飾は派手さこそないものの繊細で、宝石の深い赤色は見ているとどこか安心した気持ちになる。


(イクス様みたい……)


 ミリエラはネックレスをぎゅっと抱く。


「使うかは、ミリエラの自由だ」

「毎日使いますっ」

「そ、そうか……?」


 はにかみながら少し照れたようにするイクス。


「……俺は戻る。もうすぐ、リーファが来るはずだ」

「はい! わざわざ来てくださってありがとうございます!」

「気にしなくていい。当然のことだ」


 イクスが立ち去る。


 ……。

 言葉数は少ないが、その節々からは優しさが溢れている。

 ミリエラはそう感じた。


 そしてネックレスを抱いたまま、ベッドに再度横たわる。

 まだ、体温は高いままだ。

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