第16話 泥棒!?

 声の方を見ると、身をやつした男の子が、上手く隙間を縫って逃げていくのが見えた。

 手にはパンをいくつか抱えている。

 最初こそ追いかけた店主だったが、その子の動きでは逃げ切られると踏んだのか、足を止めていた。


「……見込みがあるな」

「え?」


 含みを持った言い方を不思議に思ったミリエラが振り返るが、その時にはイクスはそこにいなかった。

 身を翻し、建物の壁を蹴りながら軽快に宙を進み、あっという間に子供の元に追いつく。


「うわぁ~~~っ?!」


 子供の仰天する声。流石に上から取り押さえられるとは思ってもいなかったのだろう。


 リーファに手を引かれながら人混みをかき分け、イクスと合流する。


「な、何だよお前……騎士?! くそっ、魔術の気配はどこにも感じなかったのに」

「この程度、魔術を使うまでもない」

「なんだとこの野郎、馬鹿にしやがって……!」


 イクスに軽く腕を捻り上げられたその子がジタバタする。

 しかし捻られた腕に自ら痛みを与えてしまい、ぎゃっと言って大人しくなった。


「こら君、窃盗は犯罪ですよ」


 リーファが彼にずいと近寄り、めっをする。

 普通に子供を叱っているだけのように聞こえる。


「うるせぇ! 弟たちを食わせるにはもう……盗むしかなかったんだよ!」

「ふむ」

「あの冷血騎士が治める土地なら、裏稼業も栄えてると思って来たのに……全然見つからねぇ! くそっ、おかげでこのザマか」

「? 違法な裏取引の類いは、概ね壊滅させたぞ」


 それを聞き、子供は青ざめた顔になる。


「なっ……このっ、冷血騎士の名に偽りなしって事かよ……裏社会の人間ならどんだけ殺しても良いってか?! あ!?」

「いや、中央で取引させた方が安全だから、そうさせた」

「ほらな人の命なんてなんとも思ってねぇ! ……ん?」

「裏だと、レートも高いようだしな」


 無表情なまま語られる内容に理解が及ばないようだ。

 案の定リーファが補足に入る。


「あのね少年。このエルトランの地で裏稼業が見つからないのは、殺されたからじゃないの」

「どういうことだよ」

「裏稼業の人たちだって、その多くは好きで裏稼業をやってるわけじゃない。命の危険が常にあるわけだからね。だからイクス様は裏で発生していた取引を認め、中央で管理するようになったの」

「はっ、偽善者が。結局俺たち平民を縛り付けたいだけだろうが。貴族どものその手には乗らねぇ!」

「口で説明しても納得はしないわよね……エドワード! いらっしゃい!」

「もう居ますよ」


 イクスからその子を受け取るエドワード。暴れて逃げようとしたが、軽く押さえつけられてしまう。


「全くじゃじゃ馬だな。今からこの地のアレコレを見せてやる。お前名前は?」

「……」

「取って食いやしねぇよ! 他の領地は悲惨なところもあるってのは俺も知ってる。だけどな、ここは違うんだ」

「……レオ。俺はレオだ」


 エドワードの説得に、ひとまずは屈したようだった。


「よっし、それじゃまずお前の兄弟んトコいくぞ! 野垂れ死なれたらたまったもんじゃねぇ!」

「は? はぁ~~~~~?!」


 そう言ってエドワードはレオを担ぎ、急いでどこかへ消えてしまった。


(罰しないんだ……)


 一連をただ聞いているだけだったミリエラは、不思議な気持ちになっていた。

 それはかつての幽閉生活中、よく母や姉に言われ続けたことがふと脳裏をよぎったからだ。


『あんたみたいな魔女、犯罪者以下なのよ!』

『クズどものいる牢獄に捨てるか、裏に売り捨ててやりたいくらい!』

『法律でも制定して、公開処刑にでもしようかしら?』


 思い出したくない言葉たちだった。


 特に母メネスはヒステリックを起こすと、ミスをした侍女やメイドをミリエラの前で鞭打ちにし、罰することが多くあった。

 魔女の前で屈辱を与える、と言う目的だったらしい。


「ミリエラ? 大丈夫? 気分でも悪い?」

「あ、いえ……ちょっと、昔のことを思い出してしまっただけで」

「そう? なら良いのだけれど。あ、そうそう。あなた服を持っていないでしょう?」

「はい」

「ならまずは、私服を買いに行かないとね! 休日もメイド服ってわけにはいかないもの」

「なるほど……それもそうだな」


 なぜか乗り気のイクス。


 え、きゅ、休日……?

 メイドは休日でもメイド服なのでは……?


 と聞く暇もなく、二人は先を行ってしまう。

 置いていかれないように小走りで近づく。

 二人は、ミリエラには何が似合うだろうかと談笑していた。


 服……。

 服かぁ……。


 おとぎ話では、ボロ布しか纏っていなかった少女が魔法で作ったドレスを着て舞踏会やパーティに参加する、と言うものもいくつかあった。

 可愛くて綺麗な服に興味がないわけではない。

 実際、アルネスが着ていたドレスを羨ましく思ったこともある。


 まさか、自分にこんな日が来るなんて。


 楽しみ……!

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