第14話 過去と今と

 一方ミリエラは自室にて、ベッドに頭からダイブしてそのふかふかさを堪能していた。


(まさかメイド全員が一室ずつ与えられているなんて、思ってもいませんでした……)


 世界は広いものだなぁと感謝しながら、おひさまを吸い込んだ布団を相手ににへらとする。

 安心。

 こんな感覚、久しく忘れていたものだ。


(しあわせ……)


 安心を自覚するや否や、ふっと湧いた睡魔に負けた。


――


――――


――――――



 アーギュスト家の庭園の緑に囲まれ、二人の少女が仲睦まじくしていた。


「ミ~リ~エ~ラ~、ほーら、起きなさい」

「ふにゅ……」


 朗らかに覗いてくる陽光に当てられ、小さい手で目をこする。

 五歳にも満たないであろう小ささだ。


「ティア姉様、おはよ、ござます」

「はい、おはよう」


 長い金髪をたなびかせ柔らかく微笑むのは、ティア・アーギュスト。

 ミリエラの記憶の中の彼女は、いつも微笑んでいる。

 その大好きな微笑みを見ると、つられて笑顔になってしまう。


「えへ……」

「ほらほら。お口にお菓子の屑がついたままよ」

「わー。もぐ、おいしい」

「あらあら」


 咎めることもせず、ティアは優しくミリエラの頭を撫でる。

 しかしふと宙を見て、何かに話しかけた。


「あら、皆さん。今日はもう部屋に戻らないといけないので、お相手はまた後日でもよろしいかしら?」

「もどるの……?」


 眠気の取れぬ目をぱちりとする。小声で話すティアの視線の先に、ぽうと丸く明るい光の玉のようなものが居る。

 ……ように見えたが、次のまばたきを終えるとそれは見えなくなっていた。


「えぇ。ミリエラも起きたことだし、お片付けしましょうか。そろそろ侍女の方にも怒られてしまうわ」

「はーい」


 広げていたお菓子やおもちゃをバスケットにしまう。

 その手が止まり、ミリエラは無垢な表情で聞く。


「さっきの人たちも、なかよし?」

「えっ、見えていたの?」

「ちょっとだけ……でも、何度か会ってる? 気がする」


 その返答に硬直し、僅かに緊張した様子を見せるティア。

 だがそれを悟られないように聞く。


「そうなのね。どんな、方たちだったかしら?」

「えーっと~、やさしかった!」

「あらあら! それは良かったわね!」


 ティアがぎゅーっとミリエラを抱きしめ、突然のことに驚いた彼女はびくりとする。


「いたーいー」

「あぁごめんなさいね。嬉しくって、つい。そう、あなたはアルネスとは違って……そう、そう!」

「どしたの?」


 感極まれりと言うティアだが、ミリエラは全く意味がわからない。

 が、いつも微笑み以上の感情を見せないティアが珍しく嬉しさを露わにしていると言うことはわかった。


「姉様、うれしそう。私もうれしい!」

「ふふっ、優しいのね」

「だって姉様みたいなやさしい人になりたいもん」

「嬉しいわ……ミリエラ」


 そうして、真面目な面持ちになる。


「じゃあ姉様と一つ約束よ?」

「ふぇ?」

「今みたいに、ふわふわしてて人の形じゃない方々の事は、誰にも言ってはダメ」

「どうして?」

「他のみんなには見えないし、怖がらせてしまうからよ。みんなを怖がらせるのは嫌でしょう?」

「うん。いや」

「じゃあ内緒にできるわね?」

「うんっ! ……でも、ずっと内緒なの?」

「そうねぇ。もし言う時が来るとすれば、それは――」



――――――


――――


――


「ミリエラ? 変な体勢で寝ると体に良くないわよ。ほら起きなさい」

「ふにゃ……」


 優しい声。髪は赤いが、やはりその雰囲気は少し――


「ねえしゃま……」

「こらこら。私はお姉様ではなくあなたの上司。メイド長のリーファよ」

「ねえしゃまー、お菓子ー。ぎゅー…………って、ひぁっ!?」


 現実に帰ると同時に気恥ずかしさが込み上げる。

 小さな子供のようになっていたのではないかと思うと、恥ずかしさで顔が熱くなってしまう。


「もう緊張はしてないみたいね。なら良かったわ」


 こくこくこくこく、と頷きだけで返す。

 すると後ろからひょこっとイクスが顔を出した。


「……ミリエラ、買い物に行かないか」

「~~~~~~~~!」


 彼がいるとは思わなかったので、あまりの驚きに声を失って飛び退く。


「みみみみみてましたか」

「あぁ。ずっと」

「~~~~~~~……!」


(な、なんだか恥ずかしい……!)


 この家に来てまだ初日だと言うのに、その感情の密度はかつての生活の比ではない。

 まるで失われた十三年を早回しで取り戻しているかのように、鮮やかな感情が波を打つ。


「すまない。嫌なら、良いんだ」

「えっ。何がですか?」

「買い物……」

「?」

「……だからその、買い物に行かないか」

「せっかくここはミリエラの部屋になるのだし、好きなものでも買ってきましょう?」


 先程は単に聞いていなかっただけなので、その申し出にパッと華やいだ表情になる。


「え、良いんですか!?」

「……もちろんだ」

「決まりね。では準備しましょうか。さあ、イクス様」

「ああ」


 買い物に出かけるなんて初めてだ。


(一度は行ってみたかったけれど、一生行く機会はないと思ってました……!)


 連れられ、軽やかな足取りでミリエラは部屋を出た。

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