第13話 困惑 イクスside

 その後、ミリエラをとりあえず自室に返した二人は、イクスの部屋にてまたもや難しい顔をしていた。


「……眠そうだった」

「そうですね。痩せていましたし、久々に満腹まで食べた反動かもしれません」

「……」

「気になりますか? ミリエラの事」


 イクスが頷く。


「セラとミリスには先程共有しました。すぐに情報が入るとは考えにくいですが、なるべく迅速に調査を進めます」

「助かる」

「それにしても、驚きましたね」

「……ああ」


 ついさっき、ミリエラが起こしたことを脳裏で再生する。

 イクスもリーファも、幼い頃から魔術などの教練を積んできた身だ。

 国籍を問わず、多くの手練を見てきた。


 そんな二人からしても、ミリエラは異質だった。


「……酷い目に、遭ってきてはいないだろうか」

「身体検査の結果からすれば、その可能性はゼロに等しいです」

「だが……」


 イクスが納得しないのも、最もだった。

 自分で検査した身でありながら、リーファでさえ腑に落ちていないからだ。


「初めての魔術であの性能は、あり得ません。魔術は才能ではなく技能ですから。初めて振るった斧で大木を切り倒してしまったようなものです。おかしすぎます」

「……天才、という線は?」


 聞いておきながら、期待薄、という口ぶりだ。


「開花した天才ならまだしも、未経験の天才などいないことはイクス様が百も承知でしょうに。デューイ殿下のような王家伝承の戦略級魔術なら別ですが……」

「彼女が使ったのは、普通の魔術だった。……最後のを除けば」

「はい。だからこそ、あのような実力者が野放しと言うことは考えられません。通常、軍事機密扱いで隔離でしょう」

「やはり、実験でもされてきたのでは……」

「ですから、その痕跡は一切無いんですよ」


 不承不承と言う感じ。長年の付き合いでリーファの実力を嫌というほど理解しているイクスとは言え、今回は事態が事態だ。


「ですが、あの痩せた体は……恐らく良い暮らしはしてきていないはずです」

「そうだな」


 実験を受けた身でもないのに、痩せた体。

 食事にも感動こそしていたが、食べ方は弁えていたし、他の振る舞いを見ても普通の平民には見えない。


「どこかの商家の娘か、令嬢。私はこのどちらかではないかと思っています」

「……誘拐」

「はい。幼い頃に誘拐された可能性はあります。ただ……それにしては手足に傷はありませんし……不可解な点は多いです」

「もしや、閉じ込められていた?」

「恐れられていたとすれば、その可能性もあるでしょう。ミリエラの目は、この王国では忌むべき色とされていますから」

「……」


 イクスが目を細める。

 今、ミリエラがナイトヴェイル家に居るのは、ほとんど奇跡に等しいのではないだろうか。

 仮にあのまま人攫いに売られていたとしたら、その先は耐え難い不幸しかなかったはずだ。


 しかし――


「……連れてきて、良かったのか」

「何を仰いますか。イクス様がお助けにならなければ、ミリエラは今頃どうなっていたか」

「だが俺たちも、事態を持て余している」

「それは、そうですけれど……」

「……もっと、適任がいるんじゃないか」


 そう弱々しく呟く。それを見たリーファは大きく息をつき、


「しゃんとなさい。貴方がミリエラを家族メイドにすると決めたのでしょう? であれば、その責任は果たすべきです」

「……そうだな」

「全く。らしくないですよ」


 ばつが悪そうに頭をかくイクス。しかしそれも束の間。

 意を決したように顔を上げ、


「……よし。買い物に、連れていこう」


 と言った。

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