第12話 ちぐはぐ

 とは言え、これは二人にとっても初めての現象だ。

 デューイ王太子の右腕として様々な任につくイクスとそれを補佐するリーファを持ってしても、答えは見つからない。


「魔術は初めて使ったのよね?」

「はい……」

「見たことは?」

「ちゃんと見たのは初めてかもです……」


 むう、と閉口するリーファ。

 魔術とは、己の精神力を付与して現象を強化するすべだ。

 イメージが掴めなくて失敗するということはあれど、暴走するということはない。


 なぜなら、イメージの範囲内でしか魔術は発生しないからだ。


「もしかして、すっっごく速く動く、みたいなイメージをした?」

「そんなことないです! 小走りくらいの感じかな、って思ってました!」


 再び閉口する。


「その目のおかげじゃないか?」

「え」


 イクスの呟きに、ミリエラは硬直した。

 反射的に涙がつうと伝う。


「精霊? に好かれても、おかしくないだろう。だって――ってどどどどどどうした」

「この馬鹿! ミリエラは目のことを気にしてるんですから! 野暮なこと言わないでください!」

「すまない、そんなつもりじゃなかった」


 しょぼくれた犬のように小さくなるイクス。


「い、いえ! これは反射的なもので、イクス様のせいではありません! その、あの」


 まごまごするミリエラを見てイクスが微笑む。


「……いや、俺が悪かった。やはりミリエラは、優しい」

「そんなことは」

「こんな優しい雰囲気を纏っているんだ。精霊にだって、好かれるだろう」


 真っ直ぐな瞳で言うイクスに、恥ずかしさを覚えて目を逸らす。


「ん? あ~。つまり? 目のおかげと言うのは? 優しい雰囲気が目にも出ているから、みたいなことですか?」


 リーファがピリピリとした口調で問う。イクスが肯定すると、彼女はため息をついて、


「相変わらず言葉足らずなんですから……」


 なるほど。そういうことだったのか。

 ミリエラは少しあたたかい気持ちになる。


「ミリエラは何か思い当たる節はないの?」

「う~ん……精霊さん自体は、魔法の本によく出てきたんですけど……」

「魔法の本?」


 それを聞いたイクスが呟くように言う。


「……魔法関連は、全て禁書だが」

「あ゛っ」


 しまった、そうだった。

 変な声が出てしまったが、今更訂正してもより怪しまれてしまうだろう。

 仕方がない。

 分が悪そうな声で続ける。


「その……すみません、訳あって、長い間禁書庫で暮らしてきたので……。それで、読んでました」

「そうだったのか」

「読んでいた、だけ? 何か実践したりは?」

「いえ何も……読むくらいしか、気力がなくて……」


 ミリエラの瞳の奥が暗くなっていく。

 これ以上踏み込むべきではないと判断したリーファは明るく切り替える。


「はい! じゃあこの話はここでおしまい! とりあえず向こうのワゴンを持ってくるわね!」


 そう言って戻ってきたリーファの台車の中を覗くと、そこにはバラバラになったワゴンと、粉々の食器たちが。


「あわわわ……すみません、すみません」

「そんなに混乱しないで。替えがあるから大丈夫よ」

「こわこわこわ、壊してしまいました……」

「ミリエラ? 安心していいのよ?」


 すっかり動揺してしまっているミリエラに、声は届かない。


「直さなきゃ直さなきゃ直さなきゃ……えっと、えぇっとぉ……こ、こう!!」


 バッと手をかざす。

 するとミリエラの翡翠色の目が、輝きを持った。

 その翡翠色の輝き・・・・・・が見つめる先を、二人が見ると――


 淡い翡翠色の輝きに包まれ、ワゴンと食器が逆再生するように元の姿に戻った。

 台車の上へ、不格好にワゴンが載った形で。


「……何だ今の」

「これは……どの魔術にも、該当しません……」


 唖然とする二人。


 一方、


「やったぁ~~! 直りました!!」


 ミリエラは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねていた。

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