第11話 驚き リーファ&イクスside

 邸宅の長い廊下、その終点である壁が恐ろしい速さで迫る。

 しかし突然のことにびっくりしすぎているミリエラは、目も手も硬直していて気づいていない。


「まさか初日から世話の焼ける子だったとはね……加速アクセル


 苦笑するリーファがそう唱えると同時に追う体が加速。

 そのままミリエラとワゴンに追いつき追い越し、反転し片手でワゴンを押し留めた。


 どしゃ、とミリエラが地面に崩れ落ちる。


「ミリエラ、大丈夫? あら」

「きゅぅ」


 彼女は目をぐるぐると回し、へなへなになっていた。


「ミリエラ――っ!」


 イクスが血相を変えて飛んでくる。それもそのはず。

 進走プローグの魔術は、最初に与えた速度を維持して進ませ続けるだけの魔術だ。

 速度が上がるはずがない。加速には加速アクセルという別の魔術があるのだから。


「……つまり、敵か」

「なぜです!?」


 混乱するイクスの思考回路は、こう跳ねた。

 出自を語りたがらない女性、異常な魔術の動作……何かに激突していたら、命の危険があったかもしれない。


 と言うことは、もしや彼女を殺そうとする者の策略。


 リーファが止めに入る間もなく、廊下の隅から非常用の剣をぶん取り、イクスは敵を探して目にも止まらぬ速さで駆けていった。


「いえ~~、大丈夫れふ、びっくりしましたけろ~~」

「無理に喋らなくても良いのよ。ゆっくりね」


 ようやく口が回るようになったミリエラが謝罪の言葉を述べた。

 目を開けると、きょろきょろと何かを探すように辺りを見る。


「あれっ? 今、他に誰かいませんでしたか?」

「……? イクス様なら頓珍漢な事を言って、どこかに駆けていったわよ」

「いえ、耳元で『悪ふざけしてごめんね』って、いたずらっぽい声が……」

「声?」


 ナイトヴェイル家に仕える間に、リーファは戦闘や偵察の技術も叩き込まれていた。

 そしてその技量は王国でも指折りのものなのだが――


「何も、聞こえなかったわね……」


 そんな彼女でさえ、全く感知できない、何か。


「……屋敷を三周してきたが、敵はいなかった」

「そうですか。ランニングご苦労様です」


 イクスには皮肉を言ってみせたものの、ミリエラの言葉が引っかかる。


「イクス様。魔術を使用した後に、耳元で誰かの声が聞こえたことはありますか?」

「いや、無いが。……何の話だ?」


 よくわからない、と言った顔だ。

 リーファは少し考え込み、


「そうね、試しに次は違う魔術をこのワゴンに掛けてみましょうか。立てそう?」

「あ、はい。大丈夫です」

「次は加速アクセルよ。やり方はさっきと同じ。ただ、動いていくワゴンが加速するイメージを持ってね」

「……さっきやってみた魔術とは、違うんですか?」

「ま、まあそこは……深く考えないで」


 きょとんとするミリエラをいなしながら、彼女を注視する。

 起動イレクトの文言と共にミリエラの目が蒼く発光、リーファは探知に気を尖らせるが、何も異常はなかった。


加速アクセルっ」


 きゅいっと言う軽快な音がしたかと思えば、ワゴンが消えた。

 次の瞬間、どがしゃーんと衝撃音が響く。廊下の向こう端で。


「あわわわわわわわ」

「えぇ……」


 壊してしまったであろう事実にまごつくミリエラと、呆然とするリーファ。

 イクスはと言うと、腕組みをして感心していた。


「ふぇっ?! あのその、でもっ、流石にこれはちょっとやりすぎというかっ」

「……どうした?」

「あっ、えと……『歓迎の印に、超加速~!』って耳元で……」

「俺には聞こえなかったが」

「そんな!? えぇっと、じゃあこれはどなたなんでしょう…………うーん、精霊さん、とか? ですかね?」


 うんうんと悩むミリエラ。


 精霊。

 精霊?


 リーファとイクスの頭にハテナが浮かぶ。

 先に何かに気づいたのは、リーファだった。


「他国の古い伝承で……聞いたことがあります。確か……世界を満たす精神力の結晶、だったでしょうか……」

「……そんなもの、魔術には使わないぞ」

「そう、ですよね」


 二人が徐々に難しい表情になっていく。

 状況が全く読めていないミリエラは、せめてこれだけは否定しなければと、語気を強めて言った。


「あのっ! 私……嘘は、嘘は言ってないですっ!!!」


 それを聞いた二人はさらりと、


「……それはわかっている」「それはわかっているわ」


 平然な口調で返した。

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