第9話 疑問 イクスside

 ――ミリエラの着替えを済ませ食堂に通した後、リーファはイクスの部屋にいた。


「彼女は、大丈夫だったか」


 いつになくそわそわしているイクス。リーファは珍しいその姿に少し微笑ましくなりながら、答える。


「はい。痩身でしたので栄養失調の可能性を案じていましたが、奇跡と呼ぶべきか、彼女の身体は最低レベルではありますが全ての機能が正常でした」

「……神様にでも、好かれてるのかな」

「何を突然メルヘンチックなことを仰いますか」

「えぇっああいや、その、げほん、気に、するな。それより、さっきはリーファにも負担をかけて、すまない」

「あ! もお~~っ、本当ですよ~っ! 身体検査の術はすっっごく疲れるんですからね!?」

「すまない……」


 はたから見ると、姉弟のよう。十年来の付き合いである二人は同い年だが、彼の側で働き続けてきたリーファは、自他ともに認める姉気質だ。


「主がそんなに凹まないでくださいな。私も、ミリエラについては心配だったのです」

「うむ?」


 怪訝な顔を見せるイクスに、リーファの姉気質が満開になり「はぁ~~っ」と大きなため息が。


「アーギュスト子爵家から騎士団に寄せられた情報ですよ! 人間に擬態した魔獣が出没して、人間を捕食するって言う話!」

「……ナルホド」

「忘れて、ましたね?」

「ミリエラが襲われていなくて良かった」

「話逸した……。まぁ、それはそうです。ただ、私としてはもう一つの可能性を案じていたんです」

「ふむ?」

「こ、この唐変木…………ですから、ミリエラがその魔獣である可能性、ですよ」

「そんな訳ないだろう」


 あまりの疑わなさにリーファは天を仰いだ。

 彼の直感はこれまで外したことがないので無論信用しているが、立場上鵜呑みにするわけにもいかない。

 そこで、イクスが思案顔になる。


「……リーファは、どう感じた」


 どう思ったかではなく、どう感じたかを問いてくるあたりが彼だなと思いつつ、先程のミリエラの振る舞いを思い出す。


「ふふっ、可愛らしかったですよ。起きた途端『ここは天国!?』なんて言ってあわあわと周りを見てるんですもの。魔獣であれば目覚めた瞬間はその本性を見せるものです。ですが、あの子にはちっともそれが無かった」

「ふむ」

「ま、身体検査の時点で白なのはわかってましたけれど。それと――アーギュスト家から寄せられていたもう一つの情報の『悪魔』と『魔女』。このどちらでも無いですね。特濃の幻香チャームにピクリともしませんでしたから」

「……あくま? まじょ?」

「人に擬態するだけでなく、脳の情報すらコピーして本人に成りすますと言う魔獣の進化系らしい存在です。未確認ですけどね。ってちゃんと覚えていてください!」

「噂を信じても、仕方がない」

「それはそうですけど」


 揺るがぬイクスには、揺るがないだけの理由がある。


「彼女は……大声で泣いていたんだ。あの涙が、悪魔なわけがない」

「私も同感です。――ただそうすると、一つ不審な点が」

「何だ」

「ミリエラの出自です」

「……彼女は、話したくないと言っていた。勝手に調べるのは、裏切りだ」


 明らかに難色を示すイクスだが、リーファの表情は真剣だった。


「ここ最近、未確認情報が出回りすぎなんです。今回はたまたまイクス様が助けられたから良かったものの、もしそうでなければ……」

「ミリエラが、何か危険な目に遭っていたかもしれない、と?」

「はい。何か複雑な陰謀を感じます。この調査は裏切りでなく、あの子を今後の危機から守るために行うものです」

「……」


 考え込む間は短かった。


「わかった。もしミリエラが……何かに巻き込まれていたのだとしたら、救いたい。調査を頼めるか」

「御意に。家族を脅かすような者には、容赦しません」


 物騒な台詞と共に、リーファは破顔してみせた。

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