最終話 片目のウィリー

 30分くらい時間が経つと、比奈のメイクが終わった。

 当たり前だが、メイクするとすっぴんよりかわいくなる。


「カトレアちゃん、涼太、待たせてごめんね。準備できたよ」

「では、ここから先はお2人を私がご案内します。この穴は、アストラル王国の女王様が住まわれるスヴェール宮殿の“王の間”に直接繋がってます。あの、できたら女王様にはご無礼の無いように……」

「わかった。私、礼儀はしっかりしてる方だから安心して」

「俺も礼儀はちゃんとしてるから安心してくれ」

「……じゃあ、行きましょうか」


 俺ら3人は穴の中に入った。


 ◆


 穴の向こう側は、日本の病院の真っ白い診察室だった。目の前には白髪の精神科の主治医がいる。


「あれ……桑田先生……」


 と、私は素っ頓狂に呟いた。


「あなたは“中村比奈”さんですね?」

「はい」

「あなたはカトレアさんという“新しい交代人格”と入れ替わっていました」

「ああ……そうなんですか」


 そこで全ての合点が行った。

 私は“解離性同一性障害”という持病を持っている。中村比奈という主人格の他に、4人の交代人格がいるが、そこに新しくカトレアという人格が生まれてしまったらしい。

 やがて桑田先生は無表情で提案した。


「中村さん、しばらくまた入院してみませんか?」

「え」

「最近は自傷行為や自殺念慮も切迫しているし、このままあなたを放っておくのはかなり危険です。風俗での仕事や援助交際を繰り返すのも、あなたの精神状態に悪い影響しか及ぼさない。しばらく休んでみましょうよ」

「病気の影響で、私には普通の仕事は就けません。それに施設育ちで両親も親戚も兄弟もいない。頼れる人なんていない。私は自分の体を売って生きるしか選択肢が無いんです。入院なんて、絶対できません。お金もかかりますし」

「うーん……。じゃあ医療保護入院という形になりますが、いいですか?」

「嫌です」

「でも、中村さんは今危険な状態ですから、入院していただいた方が良いと思いますよ」


 そして、桑田先生は机の上の内線電話をかけ始めた。やばい。私が逃げるのを封じるために男の看護師を何人も呼んでくるつもりだ。このままだと私は入院しないといけなくなる……!

 少し時間が経つと、私の背後のスライドドアが開けられる音がした。

 そこには、3人の男性看護師が立っている。

 私はもう、逃げられないのか……。

 絶望したその瞬間だった。


「──比奈!!!!! 助けに来たぜ!」

「え? どうして涼太がここにいるの!?」


 声の主は、私の友人である“山田涼太”というニートだった。

 上下黒のスウェット姿の涼太は笑ってこう言った。


「どうしてって、比奈が“栃木の●●病院にいるから助けに来て”ってLINE送ってきただろうが。だから群馬からハーレーダビッドソンぶっ飛ばして来たわけよ。遅くなって悪かったな。さぁ行こうぜ比奈。比奈を入院なんてさせやしない!」

「涼太……!」


 私は涼太が初めてかっこよく見えた。


「誰だ、あんたは!?」


 と看護師の1人が涼太に言う。すると涼太は、


「中村比奈の恋人だ!!!!!」


 と叫んで、思いきり看護師の顔面を殴った。直後、涼太は他の2人の顔面も思いきり殴って、蹴っ飛ばした。


「警察だ! 警察を呼ぶぞ!」


 と桑田先生が勢いよく立ち上がった。すると涼太は診察室に入ってきて、初老の桑田先生の顔面も思いきり殴り飛ばした。

 直後、涼太は私の氷みたいに冷たい手を強く掴んで、笑顔でこう言った。


「ここから逃げるぞ! 駐車場に俺のバイクが停めてある! 来い!」


 私は涼太の暖かい手に引かれて立ち上がる。冷え切った心が溶かされていく。


「ど、どこに逃げるの!? 私にもう逃げ場なんて……」

「世界の果てまで逃げるんだよ!!! 俺ら2人で!!!!!!」


 涼太は笑顔でそう言って、私の手を引っ張った。そして私たちは走り始めた。気がつくと、私は笑っていた。こんな事って本当にあるんだ。白馬の王子様が私を迎えに来てくれた。涼太は黒いバイクに乗ってるニートだけど。それでも今の私には王子様に見えた。

 私たちは沢山の人がいる病院内を全力で駆け抜けて、すぐに自動ドアを通り抜けて、駐車場まで辿り着いた。

 すると涼太は息を荒げながら、私にヘルメットを渡してきた。


「すぐに追っ手が来る! 早くヘルメットつけて、俺の後ろに乗れ!」

「うん!」


 涼太は黒のハーレーダビッドソンに乗り、エンジンをかける。私は涼太の背中を思いきり強く抱く。


「よし、フルスロットルでブッ飛ばすぞ! すぐに高速道路に入る!!! しっかり掴まってろよ!!!!!!」

「うん!!!!!」


 私は更に涼太を強く抱きしめる。直後、ハーレーダビッドソンはとんでもないスピードで発進して、駐車場に停まっている他の車をバンバン蹴散らしていった。


「ははははは!」

「あはははは!」


 私は久しぶりに心から笑っていた。

 空は青々と雲1つ無く晴れ渡っている。


 ◆


 そのまま国道●●号に出て、しばらくハーレーは走った。スピードは法定速度を遥かに超えている。

 そして北関東自動車道という高速道路に乗り、栃木の足利インターチェンジから群馬の高崎インターチェンジを目指した。

 ハーレーはとんでもない速さで風を切り裂いていく。とても気持ちいい。こんなに気持ちいいの生まれて初めて。


「さらってくれてありがとう涼太。私このまま世界の果てまで涼太と一緒に走りたい。大好き」


 ──私の小さな独り言は、風の轟音に掻き消されて、すぐそばの涼太には聞こえなかった。







 おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

社会不適合者よ大志を抱け! 〜27歳ニートが異世界で成り上がる〜 Unknown @unknown_saigo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ