社会不適合者よ大志を抱け! 〜27歳ニートが異世界で成り上がる〜

Unknown

第1話 アストラル王国の女神

「ふ〜……」


 平日昼間、部屋の隅であぐらをかいてる俺は、アメリカンスピリットの煙と孤独を口から吐き出した。その直後、レモンの缶チューハイを飲んだ。冷えた柑橘の清涼感が口内を満たしていく。

 アパートの部屋の窓からは朝の太陽の光が差し込んできて、俺に「生きろ」と命令してくる。言われなくても生きてやる。


 ◆


 俺の名前は山田涼太。

 27歳ニートの俺は群馬の安い1Kのアパートで1人暮らしをしている。こないだ正社員を退職したばかりだ。ちなみに俺はASDという発達障害を持っている。精神科に入院した事は複数回あるし、何度も自殺未遂をしてきた。そして引きこもり歴も長かった。俺は日本トップクラスの落ちこぼれだと自負している。


「あーあ、これから俺の人生どうなるんだろ。貯金もねえし。働きたくねえし。生きるのめんどくせえな。将来はホームレスかネカフェ難民かな……」


 と呟いた瞬間にスマホがブルブル振動して、軽快な音楽を発した。

 誰かからの電話だ。

 俺は、タバコを吸いながら、すぐにスマホを手に取る。画面には【比奈】という名前が表示されている。

 電話の送り主は、友人の“中村比奈”。(元々は“ヨムカク”という小説投稿サイトで知り合い、そこからリアルの友達になった。住んでる場所が近いから何度も会って遊んだ事がある)

 とりあえず、俺はタバコの煙を吐いて、比奈からの電話に出た。


「はい、もしもし」

『もしもし涼太? 私だけど、今ちょっと時間ある?』

「うん。あるよ」


 ──比奈は俺と同じくニートで、1人暮らしだ。歳も俺と同じ27。最近、比奈はパパ活で金を稼いで生きてるらしい。はっきり言うとただの売春だ。比奈は大学中退以降まともな昼職に就こうとせず、ずっと風俗で働いていたが、最近やめてパパ活に切り替えた。

 やがて比奈は飄々とした口調で、こう言った。


『ねえ、涼太って最近仕事やめたんだよね?』

「うん。ニートになった」

『じゃあ、毎日暇だよね』

「クソ暇」

『じゃあ私と一緒に異世界ファンタジーの世界に行って、お金稼ぎしてみない? 涼太、お金ないでしょ? だからちょうど良いと思って。それに私も日本に飽きてたところだし、自分の体を売る仕事もそろそろやめたいから、異世界に行くのってかなり良いと思うんだよね。私にとっても涼太にとっても』


 俺は全く予想していなかった意味不明な言葉の連続に、少し気が動転した。


「ちょっと待って。異世界ファンタジー? 何言ってんだ? 説明してくれ」

『説明すると長くなるから簡単に言うけど、今、私のアパートに超かわいい女神様が来てるの。今朝、私の部屋にいきなり異世界に通じる穴が生まれて、そこから女神様が出てきたんだけど、その女神様に『私たちのアストラル王国を救ってください』っていきなり頼まれたの。めっちゃ驚いたけど、アストラル王国、魔王のせいで滅びそうなんだって。なんか女神様が言うには、私は超強くて勇者の素質とスキルがめちゃくちゃあるみたい。だから私をわざわざ異世界から呼びに来たの。とりあえずアストラル王国を支配してる魔王を討伐したら、報酬で1000億ゼニーくれるって言ってるよ。私なら魔王なんてすぐに倒せるって女神様が言ってる。だから死ぬ心配も無いよ。私1人で異世界に行くの寂しいから、涼太も連れて行きたいんだけど良いかな? 報酬の1000億は2人で山分け。それでいい? てか、とりあえず私のアパートに来て。私と異世界で冒険しようよ。どうせ暇なんでしょ」


 比奈は真剣に話している。ふざけている様子は無い。

 俺は無表情でタバコを吸いながら、比奈の話を聞いていた。

 全く整理は付かないが、比奈の話が本当であれば、とても魅力的な話に思える。仕事も辞めて、とにかく金が無い俺にとって1000億という報酬は目が眩むほどの金額だ。一生遊んで暮らせるぞ。

 それにドラ●エとかFFとかロマ●ガみたいなゲームの世界っぽくて面白そうだ。

 加えて、勇者の役は比奈がやるらしい。よく分からんが比奈はめっちゃ才能があるようだ。だから俺は後方支援とか回復役とか荷物持ちとか雑用をやるだけで良さそう。

 だが、俺には2つ懸念点があった。


「比奈に2つ質問がある」

『なに?』

「異世界に行ったら日本に2度と帰ってこれなくなる、なんて事は無いよな?」

『うん。嫌になったらすぐ帰って来れるよ。私のアパートの穴から異世界と日本を行き来できる』

「そうか。なら良かった。あとその1000億ゼニーってさ、日本円に換金できるの? そこかなり重要なんだが」

『ちょっと女神様に聞いてみる』


 それからしばらく間が空いて、比奈はこう言った。


『換金できるってさ。あと、ゼニーの紙幣価値は日本円とほとんど変わらないらしいよ』

「そうか。じゃあ俺も比奈と一緒に行くよ、アストラル王国に」

『私たち2人で魔王倒して、超お金持ちになろうね!』

「うん」

『じゃあ今から私のアパート来れる?』

「うん。シャワー浴びてから行く」

『詳しい話はまた後で。じゃあまたね』


 そこで電話は切れた。


 ◆


 俺はとりあえず軽くメシを食って歯を磨き、シャワーを浴びて、黒の上下のスウェットに着替えて、財布とスマホとタバコをポケットにしまい、アパートを出た。

 比奈は栃木県の宇都宮市に住んでいる。群馬の隣だ。

 車の運転が面倒だから、新幹線で行こう。

 俺はママチャリを漕いで高崎駅へと向かい、宇都宮へと向かう新幹線の切符を購入した。ここは群馬最大の駅だから、いつも混んでいる。


 ◆


 しばらく新幹線でBluetoothイヤホンをつけて音楽を聴いて過ごしていたら、そのうち目的地に着いた。

 俺は電車から降りて、駅から出て、比奈の住むアパートに向かって歩き出す。

 比奈のアパートは、この駅から徒歩10分程度の場所にある。手ぶらで行くのもあれだから、コンビニで適当にケーキや酒でも買って行ってやろう。

 俺は駅前の“イレブンセブン”というコンビニに寄って、色々買って、比奈のアパートを目指した。本当に異世界に通じる穴なんてあるのだろうか。というか、比奈の部屋に“女神様”なんているのか? 一応酒とケーキは比奈と俺と女神様の人数分を買った。

 しばらく歩くと、比奈が住む3階建てのアパートの付近に到着した。

 比奈の部屋は1階の角部屋の101号室。

 俺はラインを送る。


『比奈のアパートに着いたよ』

『鍵開けたから入ってきて』

『うん』


 俺は少しドキドキしながら、ゆっくり101号室の玄関ドアを開けた。このアパートは1Kである。俺は玄関で靴を脱いで、比奈の部屋へ繋がるドアを開けた。


「え」


 目の前に広がる光景に、俺は唖然とした。

 比奈の部屋の中央あたりに、白く光る円形の穴が浮かんでいる。どう見てもアストラル王国に繋がる穴だ。

 そして、その近くのコタツに金髪・碧眼の少女が入っていた。少女は神様感のある白くてふわふわの服を着ている。この人が“女神様”か。その少女の向かいには比奈がいる。比奈は黒髪ボブで赤のインナーカラーを入れている。そしてピアスを開けまくっている。比奈も俺と同じようなだらしないスウェット姿だ。

 2人が、俺の方を見てきた。


「あ、涼太。おはよう。しばらく見ないうちに、またピアス増えた?」

「うん。かっこいいだろ」

「いや別に。涼太、この子がアストラル王国の女神様だよ」


 比奈が紹介すると、少女は口を開いた。


「はじめまして。わたし、アストラル王国の女神です。歳は12才です。名前はカトレアです」


 お人形みたいな見た目の女の子だな。

 神様なので敬意を払おう。

 俺は戸惑いながらも、カトレアさんに一礼してこう言った。


「初めまして。自分は中村比奈の友人の山田涼太です。27歳、職業は無職です」

「……その袋に入っているものはなんですか?」


 カトレアさんは俺が持っていたコンビニの袋に関心を示した。


「手ぶらで来るのもあれかなと思ったので、コンビニでケーキと酒を買ってきたんです。でもカトレアさんは12才だから、お酒はまだ無理ですね」

「コンビニ……? ケーキ……?」


 カトレアさんは、キョトンとしている。

 すると比奈が俺に言った。


「カトレアちゃんはアストラル王国の神様だから、コンビニもケーキも知らないんだよ」

「ああ、そっか」


 異世界から来たなら、日本とは文化が違うのは当たり前だ。

 比奈はカトレアさんにこう言った。


「カトレアちゃん。コンビニっていうのは、なんでも売ってる便利なお店の事だよ。ケーキは、甘くておいしい食べ物」

「へぇ、そうなんですか! 食べてみたいです!」

「じゃあ食べよう」と比奈。

「……比奈、神様にタメ口はまずくないか?」

「神様って言っても、カトレアちゃん12才の女の子だよ? そして私も涼太も27才。人生の圧倒的な大先輩なんだから、タメ口でも良くない?」

「まずいだろ……。だって神様なんだろ? 敬わなきゃやばいよ。カトレアさん、さすがにタメ口はまずいですよね?」

「あ、全然タメ口で良いですよ」

「わかった。じゃあ俺もタメ口で喋る。よろしく、カトレアちゃん」

「はい、よろしくお願いします」

「てかカトレアちゃんラインやってる? おじさんとライン交換しようぜ」

「ライン……?」

「なんでもない」


 俺はとりあえずコタツの上にコンビニの袋を置いて、コタツに入った。暖かい。部屋も暖房が効いてるし。


 ◆


 カトレアちゃんと比奈と俺の3人でショートケーキを食べていると、カトレアちゃんは笑った。


「超おいしいです。こんな食べ物、我がアストラル王国にはありません」


 すると比奈は笑顔で言った。


「そうなんだ、じゃあ今度はコンビニのやつじゃなくて本格的なスイーツ屋さんに行こう。めっちゃ感動すると思うよ」


 続けて俺も笑顔で言った。


「カトレアちゃん、タバコ吸ってもいいか?」

「あ、はい」

「カトレアちゃん、私もタバコ吸いたくなっちゃった。吸っていい?」

「あ、えっと、はい」


 許可を得た比奈と俺はほとんど同時にポケットからタバコとライターを取り出して、その場で吸い始めた。

 俺はアメリカンスピリットの青。

 比奈はラッキーストライクのソフトをそれぞれ吸う。

 俺たちが紫煙を吐くのを、カトレアちゃんは黙って見ていた。


「あの、私もこの国のタバコ吸ってみてもいいですか?」

「カトレアちゃんは未成年だから、まだ駄目だよ。日本だと法律で20才以下の喫煙は禁止されてるの。まあ私は13才の頃からタバコ吸ってたけど」


 と、比奈が勝ち誇ったような表情で呟く。


「え、比奈って13才の頃から吸ってたの? めっちゃ悪いガキだな。俺は16才の時に野球部の先輩から勧められて吸ったのが始まりだったよ」

「16才とか遅すぎじゃない?」

「いや、割と普通だと思うよ」

「16才からタバコ吸うとか、だっさ」

「13才から吸ってる方がやばいだろ」


 俺たちが軽い口論をしていると、カトレアちゃんがケーキを頬張りながら、冷静にこう呟いた。


「2人とも、やばいです……」


 ◆


 比奈と俺が一服吸い終えたタイミングで、カトレアちゃんはこう言った。


「あの、そろそろ本題に入ってもいいですか?」

「いいよ」

「OK牧場」


 俺がそう言ってコンビニの袋から缶チューハイを取り出して比奈に渡すと、すぐに比奈は「ありがと」と言って飲み始めた。俺も酒を飲み始めた。

 そしてカトレアちゃんは神妙な顔つきで語り始める。


「──今、我がアストラル王国は隣国のセンティア王国との熾烈な戦争の真っ最中です。センティア王国の魔王・ドヴォルザークの圧倒的な力によって、アストラル王国は滅亡の危機に瀕しています。もう我が国は限界……。このままでは国ごとドヴォルザークに奪われてしまいます。そこで、私は“検索”という秘奥義を駆使して、魔王を倒す勇者に相応しい人物を時空を超えて探し出しました。それが“中村比奈”さん、あなたです」


 そこで比奈は、酒を飲む手を止めて、笑った。


「勇者が私なんかでいいの? 私、大学中退してから風俗でしか働いた事ないし、社会不適合者だし、今はパパ活しか財源が無いニートなんだけど」

「中村比奈さんは、魔王・ドヴォルザークを倒せる唯一無二の存在なんです」

「ふーん」

「“ステータス・オープン”と言ってみてください」


 すると比奈は「ステータスオープン」と呟いた。

 直後、コタツの少し上空に、緑色に光る約30センチ四方の石板のようなものが出てきた。色んな文字が書かれている。


「うわ、なんだこれ」と俺が言うと、カトレアちゃんは「ステータスボードです。中村比奈さんのステータスがその板に記されています」と呟いた。


 比奈はそれを読み上げ始めた。


「体力9999。攻撃力9999。防御力9999。魔法攻撃9999。魔法防御9999。スピード9999。MP9999。かわいさ9999。何これ、私めっちゃ強くてうけるんだけど」

「この力があれば、魔王ドヴォルザークは余裕で倒せると思います」


 俺も自分のステータスが気になったので、「ステータスオープン」と呟いた。すると、俺のステータスも表示された。

 俺はそれを読み上げた。


「えーと……体力2。攻撃力2。防御力1。魔法攻撃1。魔法防御2。スピード2。MP1。かっこよさ5。なんか高校時代の俺の通知表みてえだな」

「あははは。私があまりにも強すぎてごめんね。私と涼太の間には圧倒的な“格差”があるから、これからは私に敬語使ってね。敬意を払おうや。分かった??????」

「は? やだよ。なんで比奈に敬語なんか使わなきゃいけねえんだ。俺ら友達だろ」

「涼太さんの数値はちょうど平均値です。弱いわけではありません。比奈さんが強すぎるんです。比奈さんほどの人はアストラル王国の歴史上、1人も存在した事がありません。すごいです」

「へへへへ。私、そんなにすごいんだ」


 カトレアちゃんに褒められた比奈は、嬉しそうにへらへら笑った。

 俺は訊ねた。


「カトレアちゃん、比奈のステータスが全部9999っていうのは、全部の能力値が上限マックスって事なのか?」

「いえ、これ以上は測定が出来ないという事です。実際にどれほどの力を持っているのか、計り知れません」

「なるほど……なんで比奈がそんな強いんだろう」

「私も分かんない。ねぇカトレアちゃん、とりあえず魔王ドヴォルザークって人を殺したら、私たちに1000億ゼニー払ってくれるんだよね??????」

「必ずお支払いします」

「よし。言質は取った。じゃあさっそくアストラル王国に行こうよ、涼太」

「そうだな。さっさと魔王倒して、1000億ゼニー山分けしようぜ。俺はもう2度と定職なんかに就きたくないんだ」


 俺が呑気に酒を飲みながら言うと、比奈はタバコの煙を吐いてこう言った。


「あ、すっぴんで異世界行くの恥ずかしいから今からメイクする。2人ともちょっと待っててね」


 それを聞いた俺は頷いて「うん」と言いタバコに火を灯す。

 アストラル王国に続く白い穴は開きっぱなしだ。

 これから比奈と俺はどうなるんだろう。まあ死ななければ何でもいいや。

 俺は紫煙を吐きながら、なんとなく訊ねた。


「カトレアちゃん、そもそもアストラル王国って何なんだ? ドラ●エとかFFみたいに、魔法使えたりするの?」

「はい。魔術や剣術や杖術や槍術や弓術や体術を使って、モンスターやセンティア王国の兵士たちと戦ってもらう事になります。魔王討伐はあくまで最終的な目標です」

「そうか。同じ人間同士で争わなきゃいけない宿命なのはこの地球と同じみたいだな。結局どこまで行っても人間の敵は人間か……」

 






 〜2話に続く〜






【あとがき】


 最近、THE PINBALLSの「片目のウィリー」ばっか聴いてる。疾走感が気持ちいい曲だ。バイクで高速道路を駆け抜けるような気分になれる。

 いつかバイクの免許とりてえ、と思い始めてから6年くらいが経つ……。車の普通免許は持ってるのだが、それだと原付しか乗れない。俺は厳ついハーレーに乗りたいンゴ。

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