#67 ナイスアシスト、実紅ちゃん

 みんなで南北両校制作のゲームを楽し気に遊んで、直子さんと実紅ちゃんのシンセ演奏に拍手を送ると、葵ちゃんたちは次の行き先の相談を始めた。

 クレープだのたこ焼きだの、おいしそうなものを売る模擬店などがずらりと並ぶ南高校の文化祭、パソコンの展示だけ見て帰るなど、もちろんあり得ない。「文化祭のしおり」を開いて、ああだこうだと楽し気に話し合っている。

 結局、どこかの教室でやっている、ぜんざいを食べに行く、ということで話はまとまったようだった。


「展示を見に来てくれて、みんなどうもありがとう」

「また、学校でな!」

 と、理科室の前に並んで女子グループを見送る順と西郷に向かって、西郷ファンと思われる女の子は、何度も振り返って手を振ってくれた。一方の葵ちゃんは、先頭を歩いてさっさと行ってしまったようだ。順としては、ちょっと淋しい気がしたが。

「なあ、彼女なんだけど、どうも俺のことを意識してくれてる気がするんだが……」

 西郷が小声で、おずおずと順に訊ねる。色々あってダメージを受けているからか、ずいぶんと慎重な態度だ。

「100%、間違いないよ、あれは」

「そうか。太川もそう思うか」

 結構かわいいよなあ、あの子、とうつむきながらつぶやいた西郷は、にやにや顔を隠し切れていなかった。

 間もなく、西郷副部長とその女の子は付き合い始めることになる。彼のどん底の秋は、終わりかけていたのだった。あまりの嬉しさに調子に乗りすぎて、またもや部の活動に危機を招くことにはなるのだが、順と後輩二人が事態を収拾するので、そこは心配ご無用である。


「あ、太川部長!」

 展示会場に戻ってきた順の姿を見つけた実紅ちゃんが、あわてたような大声を出した。

「これが、机の上に」

 と彼女が差し出したのは、一本のペンだった。シャーペンとボールペンが一体になった「シャーボ」というやつで、当時はなかなかの高級品だ。

「部長のの忘れ物だと思うんです、このペン。あちらの実験机の上にあったんですけど、さっきその辺りでみなさんお話されていたので」

 実紅ちゃんの言う通りだった。この深紅のシャーボが葵ちゃんの机に置かれているところを、彼は何度も見ている。文化祭のしおりに印を付けたりしながら行き先を相談していたから、あの時忘れたのだろう。


「ああ、まだ近くにいるはずだから、届けてくるよ」

 冷静な顔を作って、順は実紅ちゃんからペンを受け取った。きっと葵ちゃんは、「ありがとう、太川くん」と笑顔を見せてくれるに違いない。

 喜び勇んで理科室から駆け出した彼は、女子たちの姿を求めて、きょろきょろと左右を確認した。

 いた。廊下の人混みの向こうに、葵ちゃんが立っていた。なぜか一人きりで、こちらを見ている。もしかすると、忘れ物に気づいて一人で戻ってきたのかも知れない。

 人波をかき分けながら、彼は急ぎ足で彼女のところへと向かった。

「あの、これ、忘れてない?」

 葵ちゃんの前にたどり着いた順は、深紅のペンを差し出した。

「ありがとう! 太川君」

 葵ちゃんは妄想を上回るくらいに、ものすごく嬉しそうだった。何だか笑いをこらえているようにさえ見えたくらいだった。


「ええと……忘れ物を届けてもらったら、お礼をしないと駄目だよね?」

 とんでもない、と順は驚いた。見つけてくれたのは実紅ちゃんだし、彼はそれを持ってきただけだ。

「でも、それだと気が済まない気もするし……一緒にジュース飲みに行ってくれたら……嬉しいな」

 行きます! そんな素晴らしいお礼なら! 即答した彼だったが、しかし部長が勝手にいなくなってはまずい。西郷たちに伝えておかなければ。

「多分、それは大丈夫。ほんとのこと言うと鞍馬口さん、実紅ちゃんたちにOKもらっててるの。『後は私たちに任せて、ゆっくりしてきてください』って、みんな言ってくれて」

 そこまで言われて、ようやく彼も気づいた。ペンを忘れたところから、すべて事前の仕込みだったらしい。


「せっかくだし、太川部長と河瀬さん、文化祭デートに行ってもらいましょう」

 という実紅ちゃんの提案に、クラスの女子含めた全員が乗ってくれた、そういうわけだったのだ。なんちゅうええ後輩なんや、と順は心の中で感動の涙を流しつつ、スキップしそうな足取りで葵ちゃんと一緒に歩き始めるのだった。

 順と西郷の卒業後、三年生になった実紅ちゃんは、ちょうど今の直子さんのように、後輩たちの活動を支える存在となる。その、「鞍馬口先輩」の頼もしさが、一年生のこの時点ですでに発揮されていたというわけだった。


 たどり着いたその教室は、昔のコカ・コーラのポスターやネオン管で飾り付けをされて、アメリカン・ダイナーっぽい雰囲気に演出されていた。天井の蛍光灯が、ピンクや紫色のカバーで覆われていたりする。

 教室を魔改造した、そのおしゃれな空間で、順と葵ちゃんの二人は仲良く向かい合ってコーラを飲んだ。それは、本当に幸せなひと時だった。

 教室の窓には、「3‐Bダイナー」と書かれたポスターが貼り出されていた。プロッタプリンターによって美少女イラストが印刷されたそのポスターに、順はもちろん見覚えがあった。忘れるはずがない。間違いなく、これは山岡師匠の手によるものだ。

 つまり、葵ちゃんに連れられてやって来たのは、昨年に続いて山岡先輩のクラスなのだった。

 当然というか、すぐに順たちに気づいた先輩が、

「俺は城崎にだまされたんだ」

 とか泣きついてきたり、実際にはひと騒ぎあった。しかし、今の彼にとってはどうでもいい話である。一切相手にしなかった。

 平和で幸せなひと時を過ごすことができた、そう言って間違いない。


 活動禁止期間の終了後、山岡先輩と横山くんは、鈴木部長や直子さんに土下座して詫びを入れて、復帰を許されることになる。

 その際には、ちゃんと順も「この二人も、いわば城崎さんの犠牲者なんだし、許してあげては」と口添えをしてあげた。冷たくあしらった埋め合わせは、これで十分だろう。

「太川くんの言う通りですわ。僕も、僕もだまされたんや! あの非道な城崎に!」

「さすが太川くんだ、分かってくれて嬉しいよ!」

 と二人が涙を流して感謝したのは、言うまでもない。

 結局、全ては城崎のせい、ということで事件は丸く収まったわけだった。雨降って地固まる、南高校のパソコン部は以前にも増して、活発な活動を続けていくことになる。

 それからの横山くんたちの活躍ぶりについては、また機会があれば改めて語ることにしよう。


(最終話「星空の下」に続く)

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